ぼーっとしていると、アズくんの顔が目の前に現れた。眉間に皺を寄せて、難しそうな顔をしている。
「……顔色が悪いです」
「え?」
予想外の言葉に驚く。
「そんなこと、ないんじゃないかなぁ? 私、元気だよ?」
「いえ、いつもより青白くなっています! 私が見間違えるはずがありません!」
彼はそう断言するけれど、別に頭痛とか吐き気とか眩暈とか、そういった症状は一切ない。それなのに、顔色が悪いなんて言われてもアズくんの気のせいとしか思えない。
「失礼します」
そう言って彼は机を回って私の側へやって来たかと思うと、手を膝裏に回した。嫌な予感がした。
「アズくん! 待って!」
静止も虚しく、体が持ち上げられる。足が地面から離れ、不安定な体勢に思わず彼の首にしがみついた。しがみついてしまってから、あり得ない距離に顔を仰け反らせた。「大人しくしてください」すると、さらに不安定になって、結局彼の首に掴まりながら「降ろして!」とお願いすることしか出来なかった。
いつもなら話をきちんと聞いてくれるアズくんが、私の声を無視して廊下をずんずんと進んでいく。問題児クラスの皆にはもちろん驚かれたけれど、今もすれ違う生徒たち全員がこちらを振り返っていく。
「保健医は不在か」
やっと辿り着いた医務室のドアを開けてアズくんが言う。体を捻れないので事実確認は出来ないが、確かに部屋の中にはひとの気配はなかった。
「先生もいないし、教室戻ろう?」
そう提案してみたのに、アズくんはまたもや私の言葉を聞かなかったふりをして医務室へ入っていく。そのままベッドのそばへ。
「ひえ」
私をベッドの上に下ろすと、アズくんが跪いて私の靴を片方ずつ脱がせる。足首を触られて、ぞわぞわと何かがそこから駆け上がってくるような感覚がした。
彼が手を離すや否や、慌てて足を布団の中に押し込んだ。
「あとは薬か……。何か体調不良に心当たりは? どこか痛いところは?」
「ないよ。もしかしたら、ちょっと寝不足で、それで顔色が悪く見えたのかも……?」
「なるほど。では、ベッドで休みましょう」
そう言ってアズくんが私の肩を押す。彼の顔が上に見えるのが何だかいけないことのように思えて、後ろについた手を突っ張ってみたけれども、彼の顔がさらに近付いて負けた。ぽふっと柔らかい枕に頭が着地する。
「顔が赤くなっています。熱が上がったのでは?」
そう言って彼が顔を覗き込み、額をコツンと合わせる。
息が出来なくなった。
少しでも呼吸をしたらアズくんにかかってしまいそうな気がして、息を吐くことが出来ない。息を吐けないので吸うことも出来ない。
「少し熱いですが、そこまでひどくはなさそうです」
多分それは羞恥と、窒息しそうになっていることが原因なのだけれど、彼はそれに気付かない。顔を背けようにも、後ろは枕だし、肩を軽く押さえつけられている。
息を止めて堪えていると、熱を測り終えたアズくんが離れる。
「ひとまず解熱を飲んで――」
そう言って薬棚の方へ行こうとするアズくんの手を掴んで止めた。
ずっと息を止めていたせいで、呼吸が荒くなる。
「大丈夫だから! これは! アズくんの顔が近いから……!」
息を切らせながらも言い切ると、アズくんは驚いたように目を丸くさせて、それからものすごい勢いで壁まで後ずさった。
「すすすすみませんっ! 決して、そんなつもりでは……!」
「私こそごめんね! 本当にどこも悪くないので、放っといてもらえれば!」
「そういうわけにはいきません!」
アズくんは頑固だ。今度は勢いよく私の肩を押して寝かせると、ふわりと掛け布団をかけた。
「寝不足と言っていたでしょう。少し寝た方がいい」
心の底から心配するような声と真剣な瞳で言われる。心臓はもうずっとドキドキとうるさく鳴りっぱなしで、少しも寝れそうになかった。
2022.10.13