アズくんが真剣な表情で顔を近づけてくる。その手が私の頬に触れ、指先であやすように目尻をそっと撫でる。それに堪えきれずに思わずぎゅっと目を瞑る。目頭のあたりがズキンと痛んだけれど、無視をした。

「目を開けろ」

 もう一度彼の手が私の頬をやさしく撫でる。彼の声はどこか柔らかくて、うっかり気を抜くと従ってしまいそうになる。もっと触れてほしい。その声で名前を呼んでほしい。
 そんな誘惑を振り切り、彼の手のひらに逆らって顔を無理矢理背けた。

「で、出来ない」
「こら、開けないと見えないだろう」

 だって、開けたらアズくんの顔が見えてしまう。目を閉じる直前も、あと二十センチというところまで彼の顔が迫っていた。あのあと彼が離れてくれたようには思えない。声の位置から察するに、さっきよりも近付いている可能性すらある。そんな至近距離でアズくんの顔を見て、平気でいられる自信がない。好きな人の顔が近くにあって平気な女子なんていない。
 痺れを切らせたのか、触れていた彼の手がぐっと私の頬を掴んだ。

「――だから! さっさ開けろと言っている! 目の中にゴミが入ったのだろう!?」
「だから、自分で何とかするから大丈夫だってばー!」

 窓から風が吹いた拍子に、目に痛みを感じた。目を擦りながら、何気なく「目にゴミが入ったかも」と溢せば、彼は「見せてみろ」と言って顔を近付けてきた。好きな人とのそんな近距離に私の心臓が堪えられるはずがなかった。全力で抵抗して、冒頭に至る。

「無理矢理こじ開けるぞ」
「やめてー! 変な顔になる!!」

 既に頬をむぎゅっと潰され、変な顔になっているとは思う。手遅れかもしれないが、抵抗しないわけにはいかない。アズくんに力で勝てるわけがないのだけれど。

「クララちゃん呼んできて!」

 同性なら何も気にならない。クララちゃんなら目薬も出してくれるだろうし。今クララちゃんとイルマくんは購買までおやつの買い出しに行っているが、呼び戻すのはそう難しいことじゃない。万事解決だ。そう思ったのに、彼は何故か了承しない。それどころか少し不機嫌になったのが気配で分かった。何故。

「イルマくんでもいいから!」
「イルマ様で良いなら私でも問題ないだろう」

 今度ははっきりと不機嫌さが声に乗っていた。

「えっ、なに、怒ってる?」
「――少し黙っていろ」

 ほんのちょっと身じろぎすれば触れてしまいそうなほど近くで、彼の声が聞こえた。彼の吐息が掛かるほど近く。

「アズく――」
「ただいまー。遅くなっちゃってごめんね」
「おやつ買ってきたよー! 新作!」

 イルマくんとクララちゃんの声が聞こえて、私の顔を固定する彼の手の力が緩んだ。その隙にすかさず彼から逃げる。目を開けると、瞼の裏でごろりと異物感がして痛かったけれど、構ってられない。

「クララちゃーん! 助けてー!!」
「アズアズいじめちゃダメ!」
「いじめてなどいない!」

 クララちゃんのもとまで駆け寄って抱き付くと、彼女はしっかり抱きとめてくれた。背中に手を回して撫でてくれるし、すぐさまアズくんを注意してくれた。やさしい。

「目にゴミが入っちゃって〜」
「どれどれ見せてみ? 擦っちゃダーメ」
「ん」

 彼女の温かい手が頬に触れて、促されるままに目を開く。彼女は「ん〜」と首の角度を変えながら私の顔を覗き込むと、そっと私の目頭のあたりに触れた。

「はい、取れた!」
「ありがとう〜!」

 瞬きをしても、もう痛くない。もう一度クララちゃんに抱きついてお礼を言った。

「何故私では駄目なのだ」

 ふと小さく聞こえた声に振り向くと、そっぽを向いてふてくされているアズくんの姿があった。

2022.10.07