プラチナチケットを手に入れてしまった。

 偶然、とあるアクドルのシークレットチェキ会の権利が手に入った。友人の知人の親戚の知人の知人の親戚の友人のお兄さんが持っていたというチェキ券。それが巡り巡って今私の手元にある。
 以前くろむちゃんのライブの前座として出演したアクドル三人組のシークレットチェキ会だという。話を聞いたときは冗談だと思った。それか夢だと。

「次の人どうぞー」

 目の前に並んでいたひとが前に出る。その分自分も一歩前へ。
 防音の魔術が掛けられているのか、ブースの中の声は聞こえない。さすがシークレットチェキ会。
 あのライブ以来、三人組が表舞台に出ることは全くなかった。あのあと鮮烈なデビューを飾るものだとばかり思っていたのに。すごい反響で、事務所には問い合わせが殺到しているとの話も聞いていた。デビューしない理由があるのだろうけれど、悪魔たちは我慢が苦手だ。だから、このシークレットチェキ会なのだろう。VIPのみが手に入れられるというチェキ券が、何の因果か今私の手元にある。

「緊張、する……」

 そう小さく独り言を言って、息を長く吐く。
 この壁を一枚隔てた向こうにあのアクドル――アリスちゃんがいるのだ。

「次の人ー」
「は、はいっ!」

 いつの間にかもう私の番が回ってきてしまった。スタッフの誘導に従って、仕切りの向こうへ。

「き、さま、は……」
「アリスちゃん――」

 本物の、アリスちゃんがそこにはいた。
 彼女は白を基調としたかわいらしいアクドル衣装に身を包んで、私の顔を見ると驚いたように目を丸くさせた。
 疑っていたわけではないけれど、声も聞こえないし姿も見えない状態で、もしかしたら何かの間違いじゃないかという思いはあった。あの時、手を引いてくれたのは別の人だったのではないか。白昼に見た夢だったのではないか、と。
 でも、それも今一瞬で吹き飛んでしまった。彼女の持つきらめきに、思わず瞬きをする。

「あの、偶然このチェキ券が手に入って。本当は私なんかが来れるイベントじゃないのは分かってたんだけど。わたし、あのときからあなたにすっかり魅力されてしまって――」

 防音魔術で外には聞こえないとは言え、スタッフもいる前で一緒に逃げた話をするのはまずいかと思い、語尾を濁す。
 代わりに精一杯の気持ちを込めて、彼女の瞳を見つめる。ピンク色の大きくて綺麗な瞳がこちらを見つめ返していた。

「応援してます」
「……」

 彼女の長い睫毛が伏せられる。

「ありがとう」

 たった一言だけれども、それで彼女が私の言葉を受け取ってくれたのが分かった。彼女のピンクがかった赤い瞳がやさしい色をしていたから。
 それだけでもう、十分だった。

「ポーズは?」
「えっと、おまかせ、で……」

 今日の記念にツーショット写真を撮れるだけで良い。彼女がどんなポーズを取るかは分からないけれど私はとりあえず適当にポーズを取ろうと、隣に並んだ。
 撮りまーす、さーん、にー、いち。

「えっ?」

 彼女の手が私の頭に触れて、そのまま引き寄せられる。
 ――カシャリ。
 シャッターの音とフラッシュの光。自分がどんな表情をしていたかも分からない。彼女の手が頭に触れ、胸元に引き寄せられている。あのときと同じいい匂いが鼻をくすぐった。彼女の体温も分かる距離――

「時間でーす」

 スタッフに声を掛けられて引き剥がされた。手にチェキを渡されて、出口へ誘導される。
 今起こったことは本当のことなのだろうか。夢ではなくて? クールな彼女がファンを抱き寄せるポーズを取るなんて。信じられない気持ちで最後に振り返ると、彼女もまたこちらを見ていた。

「また、な」

 そう言って彼女が微笑んで手を振る。きらきらと星が瞬くように眩しい笑顔だった。
 彼女とのツーショットの写真が私の手の中で揺れていた。

2021.12.12