素晴らしい最高のライブに酔っていた。キラキラと光るライトを浴びて歌って踊る女の子たち。いつも通りくろむちゃんのパフォーマンスも最高だったけれど、ライブに飛び入りで参加したアクドル三人組も素敵だった。これほど最高なライブはもうこの先一生訪れないかもしれないと思えるほどの衝撃だった。
 終わってからも感動と興奮が覚めなくて、ぽーっとした頭のまま歩いていた。――だから、前から走ってきた人に気が付かなかった。

「あ、ごめんなさい」

 軽い衝撃に、反射で謝罪する。
 ちらりと、視界の端に見覚えのあるピンク色のスカートが翻った。それは、さっきまで私が熱心に目で追っていた女の子の――

「気を付けろ」

 その声にハッと顔を上げる。そのハスキーな声にも聞き覚えがあった。先ほどからずっと私の頭の中に鳴り響いている歌声と同じだ。
 視線を上げた先には、ステージの上で輝いていたひとがいた。
 目の合った彼女の瞳がかすかに見開かれる。

「……怪我はないか?」

 そう言って彼女が手を差し伸べてくれる。でも私はそれを取っていいのか分からなかった。
 差し出された手を見つめて戸惑っていると、ひとが近付いてくる気配がした。

「アリスちゃーん! どこー!?」
「チッ」

 遠くから聞こえてきた声に彼女が舌打ちをする。
 迷っていた私の手を彼女がぐっと掴んだ。

「こっちだ」

 ――私は今、炎の美人アクドルの、アリスちゃんに手を引かれている。
 本来握手会でしか触れられないはずの手が握られている。
 彼女を呼ぶ声が聞こえてくるのに、それとは反対側に向かって走る。なぜ逃げてるの? どうして私も一緒なの? そう思うのに走りながらでは息が切れて上手く喋れない。
 景色がどんどん流れていく。

「次の角、右」

 隣を走る横顔をちらりと盗み見る。
 雪のように白い肌はつやつやで、外に跳ねたピンク色の髪が走るたびに風になびいてさらりと揺れている。
 夢みたいだ。いや、もしかしたら本当に夢を見ているのかも知れなかった。
 角を右に曲がると彼女に強く腕を引かれる。そのまま壁に体を押し付けられた。

「しっ。静かに」

 ――近い!
 思わず「ひっ」と悲鳴を上げかけたところを、彼女の人差し指が唇に触れる。――身じろぎすら出来なくなった。
 ふわりと彼女からいい匂いが香って、でもそれを嗅いだら失礼な気がして息も出来なくなった。
 彼女が瞬きするたびに長い睫毛からきらきらと星が零れ落ちていくようだった。
 ドキドキと鳴る心臓がうるさくて、追っ手に聞かれてしまうんじゃないかと心配になる。
 永遠とも思えるほど長い時間が経ったような気もしたし、それは一瞬のようにも思えた。

「行ったか?」

 そう言って彼女が体を離す。
 彼女を追いかけていたいつの間にか遠ざかって聞こえなくなっていた。

「付き合わせて悪かったな」
「いえ、だいじょうぶです……」

 本当は全然大丈夫じゃない。

「顔色が悪い。無理に走らせすぎたか?」

 目の前の、手を伸ばせばすぐに触れられる距離にあるきらめきに、目が眩んでしまいそうだった。

2021.11.16