『夏だし、ちょっと露出度高めで行きましょう!』

 皆のオシャレ顧問である彼女の一言だった。
 普段そんな服着たことないと首を振ってみたけれど、『ギャップよ』と諭されてしまったら。『これで彼の視線を釘付けになるわ』と自分に自信を持つよう言われては、ちょっと着てみようかな、なんて。試着室から出たときの皆と店員さんのかわいいの嵐にほんの少しだけ調子に乗ってしまって。

 ――彼もいつもと違う私に目を向けてくれるかな、なんて夢を見てしまった。


「おはよう」

 緊張で飛び出しそうな心臓を押さえ込んで、挨拶をする。問題児クラスの皆と遊びに出掛ける日、私は前日選んだ服を身に付けて大好きな人の前に立つ。
 振り返ったアズくんの目がぎょっとしたように丸くなって。そのあとすぐに眉間に寄った皺を見て、失敗してしまったのだと気が付いた。

「なんだその服は」

 頭のてっぺんから爪先まで彼の視線が移動していくのが分かる。彼に見てほしいと思っていたくせに、今はとても居心地が悪かった。

「スカートの丈が短すぎる」

 上から下まで眺めて、その視線が私の顔に戻ってきたところで彼はぼそりと言葉を落とした。

「肩も出しすぎだ」

 ぐさり。ぐさり。彼の一言が胸に突き刺さる。
 気が付くと勝手に口が開いていた。

「――べ、別にアズくんのために選んだ服じゃないし!」

 ちょっとスカートが膝上で、肩が出ているだけじゃないか。ミニスカートというわけではないし、お腹が出ているのはさすがに着れなかったし。もっと露出の高い服を着ている悪魔は珍しくない。なんでこれくらいで怒られなくてはならないのか。
 思わず言い返してしまった私を見て、服選びに付き合ってくれた女子陣は『あーあ』と言うような表情をしていた。
 ちょっと泣きそうになるのを堪えながら精一杯虚勢を張って睨み返す私と彼のふたりをジャズくんが「まぁまぁ」と間に入って諫めた。

「まぁまぁ。アスモデウスもデリカシーなさすぎ。この格好もかわいいじゃん――」

 パシッと。私を擁護してくれようと隣に立ったジャズくんの手が払われる。視線を上げると先ほどよりもずっと不機嫌そうな表情をしたアズくんが目の前に立っていた。

「触れるな」
「こっわ……!」

 庇ってくれたジャズくんも皆と一緒に離れてしまって、アズくんとふたりで気まずい空気が流れる。皆置いてかないでと思ったけど、要因は私なのだ。この微妙な空気をまた皆のところに持っていくのは憚られた。

 でも、だからといってアズくんと並んで歩けるほどの鋼のメンタルも私は持ち合わせていなかった。彼からも少し距離を取ろうと歩みを遅くする。やっぱり慣れないことはするものじゃない。一生懸命考えて勇気を出して選んだ服を身に纏って、鏡の前に立った自分はいつもよりちょっとだけ特別に見えたのだけれど。多分それは気のせいで。――目を閉じて深呼吸すると少しだけ気持ちが落ち着いた。

 いつまでも皆に迷惑掛けてはいられないから、早く平気な顔をしなくちゃ。ゆっくり歩きすぎてきっとアズくんからも離れてしまったけれど、早く追い付かなくちゃ。そう思って顔を上げようとしたとき、ふと、私の肩にふわりと何かが掛けられた。

「これでも羽織っていろ」

 見ると薄手のストールが肩に掛かっていた。思わずそれに手を伸ばすとさらりと軽くなめらかな生地が指先に触れた。
 もっと前を歩いていると思っていたアズくんがいつの間にか私の前に立っていて、一瞬目が合ったけれどすぐに気まずそうに逸らされる。

「その……、少し言い過ぎた。別に、似合ってないとは言ってない」

 ぱっと花が咲いたかのように心があたたかくなる。彼のそのたった一言ですべて報われたような気がしてしまうのは、きっと私が単純だからなのだろう。

2021.08.08