「キャアア、アスモデウス先輩よ! ステキ〜!」
「いつ見ても麗しいわ……」

 隣を歩く彼に視線が集まる。いつものことと言えばそうなのだけれど、新入生が入学してきて、また勢いが戻ってきたというか。新入生にとってまだ問題児クラスのアスモデウス・アリスが珍しいのだろう。もちろん、それだけが理由じゃなくて、どうしようもなく彼に目を奪われてしまうというのは私も同意するところなのだけれど。

「遅い。……どうかしたのか?」

 普段彼は私のペースに合わせてゆっくり歩いているのに、さらにそれよりも遅れていたらきっと文句も言いたくなるだろう。それなのに、それを飲み込んで私を心配する言葉を掛けてくれる。覗き込むように私に視線を合わせてくれる。そのひとつひとつが嬉しくて、心の奥が何だかむずむずとして落ち着かなくなる。

「えっと、なんか注目されてる中、一緒に歩くのは恥ずかしいなぁって……」
「そんなことを――」

 彼と恋人同士になってもう随分と経つ。慣れた部分もあるけれども、まだ恥ずかしいとか、私なんかがと気後れしてしまうときもある。手を繋いで帰ったり、もっと恋人らしいことをしたこともある。そのときは今よりもずっと注目されていた。
 今さらだろうと自分でも思っていて、きっと同じ言葉が彼からも返ってくると思っていたのに。

「……いや、分かった」

 意外にも彼の口から出てきたのは承諾の言葉で。以前だったら絶対そんな下らないことを気にするなと言っていたはずなのに。――何が彼を変えたのだろうか。

「ありがとう……」

 私がお礼を言うと彼は一瞬目を細めて、前に向き直った。
 彼の少し後ろを歩くだけで、周りの視線が面白いほど外れる。それだけ皆アスモデウス・アリスに注目しているのだ。とはいえ、数週間経てば新入生たちも慣れてこれほど騒ぎ立てたりはしなくなるだろう。アズくんには申し訳ないけれど少しだけ我慢してもらうしかない。

 けれども彼の後ろを数歩歩いたところで、すぐにアズくんがくるりとこちらを振り返った。

「やはり私の前を歩け」

 身長の高い彼が前を歩いて、その少し後ろを私がついて行った方が自然なのに。わざわざそんなことをする意味が分からなくて首を傾げる。
 彼の口が何がを言いたそうにぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返す。

「……姿が見えないと、ちゃんとついてきているか不安になる」

 視線を逸らして言う彼の頬がかすかに赤い。理由がまるで幼い子どものようだと思っているのだろう。
 アズくんがそんなことを気にするとは思わなかった。そんなに私のことを気にかけているなんて。それではまるで、まるで――

「うん、分かった。アズくんこそ、ちゃんとついてきてね?」

 そう言って微笑むと、彼の手がくしゃりと私の頭を撫でた。

2021.08.01