彼の誕生日はアスモデウス家で誕生パーティーがあり、問題児クラスからも盛大に祝われたというのに。

「アズくん、本当にお誕生日おめでとう」

 それなのに、私のただ一言でひどく嬉しそうに笑うのだ、彼は。

「ありがとうございます」

 ふたりきりの誕生日会、もといデートの帰り道。
 一生懸命雑誌で探したおしゃれなカフェに連れて行ったり、誕生日プレゼントを渡したり、彼の手を握ってみたり、それを撫でてみたり。今日一日私が何かするたびに彼は背筋をぴんと伸ばして、畏まった様子でそれを受ける。それを見るたび、私は胸の奥がむずむずするような不思議な気持ちになった。

「楽しかった……?」
「ええ、もちろん! 私は世界一のしあわせ者です」

 お世辞なんじゃないかと疑う余地もないくらい表情をとろけさせて言う。彼の言動は大げさにも思えたけれど、それが私の心を満たした。

「最後にもうひとつプレゼントしたいものがあるの」

 それは、ちょっとした対抗心と悪戯心だった。今日私と過ごした時間をもっともっと彼の記憶に残るものにしたくて。
 手を伸ばして彼の頬に添える。
 ――ちゅっ、と。ほんの少し浮いて、彼の唇に自分のそれを押し付けた。間近で見る彼の瞳の色が綺麗で、うっとりした気持ちのまま目を閉じる。彼とのキスはいつも気持ちが良い。

「……なんてね。びっくりした?」

 そう言って離れれば彼の目は丸く見開かれていた。驚いたかなんて、尋ねる必要がないくらい。
 彼はまぁるい目のまま放心したように指を自分の唇へ持っていく。
 少しやりすぎてしまったかもしれない。固まってしまった彼を見ていると何だか自分がとんでもないことをしてしまったような気がして、こちらまで恥ずかしくなる。

「それじゃあ、またね」

 あんな大胆なことをしておいて、逃げるようにしてその場を去ろうとした。キスだって初めてじゃないのに。自分からしたのは初めてだったけれど。

「待ってください」

 それを引き止めるように彼の手が私の右手を捕らえる。その手が燃えるようにひどく熱い。

「このまま帰せるわけないでしょう」

 先ほどと同じように真っ赤な顔。それなのに私を見つめる瞳だけはぐらぐらと煮立ったように熱が込められていた。

「私からも、お礼をさせてください」

 私だって、そんなふうに見つめられてこのまま帰ることなんて出来るわけがないのに。

2020.06.19