「アズくん、寝てないでしょう?」

 私がそう言うと、彼はびくりと肩を震わせた。
 ずいと顔を近付けると彼の目の下に隈が出来ているのが見えた。

「あの、せんぱい……!」

 慌てた声を上げるアズくんを無視して、ぐいと手を引く。後輩は突然のことに驚きながらも大人しくついてくる。裏庭の隅までくると、芝生の上に彼を転がした。

「ほら、寝て!」

 まるくなった目がこちらを見上げている。私も座って、その膝の上に彼の頭を乗せる。

「せ、せんぱい!」

 それまで驚きながらも大人しく従っていたアズくんが急に起きあがろうとするので肩を押さえつける。

「あの、この体勢は……」
「ごめんね、布団も枕もなくて。でもそのまま寝転がるよりはマシだから」

 本当だったらきちんとベッドで休ませるべきなのだろう。しかし私にはこの学校でそこまでのものをすぐには用意出来ない。今すぐ帰って休めと言ってもきっとこの後輩は聞かないだろう。

「横になって目を瞑るだけでもいいから」

 しっかり言い聞かせるようにアズくんの顔を覗き込むと、彼は何か反論しかけて開けた口をぱくぱくさせた。

「顔赤い……もしかして熱――」
「きょ、今日は陽気が良いですから……!」
「そうだね、動くと少し暑いくらいかも」

 寒ければ外で昼寝なんて出来なかっただろう。今が暖かい季節で良かった。

「子守唄もつける?」
「いえ、結構です……」

 観念したのかアズくんがややぐったりした様子で答える。
 上着でもあれば布団代わりに掛けてあげられたのに、あいにく悪魔学校の女子生徒の制服にはそれがない。ちょっとでも眠りやすくなればと思ったのだけれど難しい。

「せんぱいは……」
「ん?」

 返事をしながら彼へ視線を落とせば、いつの間にか瞼は閉じられて紅玉色の瞳を隠していた。

「先輩は誰にでもこんなことをするのですか」

 こんなこと、とは強引に引っ張ってきて寝かしていることだろうか。ふと考える。これがもしクラスメイトだったら? 師団の後輩だったら? 先輩だったら?

「アズくんだから心配なんだよ」

 多分、他の人だったらここまでしなかったと思う。私のことをやたら気にかけてくれる彼だから、こうして同じものを返したくなったのだろう。
 私が答えると、彼の口が何かを言いたそうにむずむず動いた。

「そう、ですか」

 彼は結局それだけを言い、再び目を瞑る。
 春のあたたかい日差しが彼に降り注いでいた。

2021.04.28