「――様よ! ああ、今日もなんて麗しいのかしら」

 聞こえてきた自分の名前に思わずそちらを振り返ると、華やかなドレスに身を包んだ令嬢三人組がひとかたまりになってこちらを見ていた。
 その中で、最初に声を上げたらしき令嬢と目が合う。にこりと微笑んでみせると、三人は「きゃあ!」と歓声を上げた。

「貴様、こんなところで何している」
「やぁ、アズ、君か」

 人の気配にそちらを向けば、よく見知った顔が立っていた。私が彼の言葉に応えると、さらに多くの令嬢たちの悲鳴が聞こえたような気がした。相変わらず、彼と一緒だと目立つ。

「またその格好か」
「似合ってしまうのだから仕方ないだろう?」

 そう言って軽く腕を広げてみせる。私が身に纏っているのはひらひらとしたドレスではなく、男物の夜会服で、髪も後ろでリボンでひとつに結えている。――いわゆる男装である。
 アズがいつもの白い夜会服なのに対して、私が好んで着るのはミッドナイトブルーの夜会服だ。その色が対照的だからか、アスモデウスとセットで二翼だなんて呼ばれることもある。
 そう呼ばれるのも今年悪魔学校に入学してからさらに多くなったように思う。実際悪魔学校では私たちはクラスも違えば、アズはイルマやクララと連んでいてそちらの方が有名なのだが、ここ貴族会では未だ私とセットの印象が強いらしい。確かに彼は気の合う友人ではあるが。

「ドレスは重いし動きづらいし。華奢な女の子が毎回そんなのを着ているなんて本当に尊敬するね」

 私がそう言えば彼は眉間に皺を寄せて渋い顔をする。彼は私がこうやって男性の格好をするのに反対なのだ。
 私の母も「似合っているわ」とこの格好に賛成してくれているし、アズの母であるアムリリス様も「面白いから賛成!」と言ってくださっている。先ほどの三人組のように、令嬢方からの評判は上々だというのに。

「この間贈ったドレスはどうした」
「君も随分このことに関しては熱心だね。もちろん君がくれたドレスはきちんと取っておいてあるよ。サイズもぴったりだったし、繊細な作りで思わず溜息が出たよ」

 どうしても私の男装をやめさせたいらしい彼は時折ドレスを贈ってくる。彼の選んだそれはどれも最高級の品で、受け取るのを一瞬躊躇してしまうほどだ。けれども私が受け取らなければ彼はその素晴らしいドレスを燃やして灰にしてしまうので、全てありがたく受け取っているが。

「さすがアズの見立てだね。ありがとう。次に格式高いパーティーに呼ばれたときには着ていくよ」

 そう言えばアズの眉間の皺はますます深くなる。案外彼は短気で、すぐに不機嫌が顔に出る。確かにプレゼントされたものを着ないのも失礼かもしれない。しかしあれほど立派なドレスではなかなか着ていく機会がないのも事実だ。
 こちらも事情があるのだと、文句のひとつでも言ってやろうと改めて顔を上げる。すると、何とも言えない色をした瞳と目が合った。一瞬、息が詰まる。

「……貴様がその格好だとダンスに誘えないだろうが」
「それは言い過ぎじゃないか? いくら私が人気者とはいえ、君の誘いを断る令嬢なんていないだろう?」
「はぁ……」

 私の言葉に彼が深い溜息を落とす。私は間違ったことは言っていないはずなのに、何なんだ。アズはどの貴族会でも引っ張りだこで、彼がダンスを断られたところなんて見たことがない。皆彼と踊りたがっているというのに。

「もういい」

 それだけ言うと、ぱしりと彼は私の手を握り、そのまま歩き出す。こんな格好をしている自分が言えることではないが、おおよそレディに対する扱いとは程遠い。

「少し外の空気を吸いに行く。付き合え」

 その言い方がおかしくて、思わずふっと笑い声が漏れた。引かれた手は強引だけれど、ついていけないほどではない。
 また周囲から黄色い悲鳴が聞こえた気がしたが、すぐに聞こえなくなる。人々の話し声も、広間に流れる楽団の音楽もすべて遠くなる。彼に繋がれた手と彼の背中しか見えない。

「もちろんいいとも!」

 そう言って私は大股で彼の隣に並ぶのだった。

2020.11.14