「私、今から告白してくる!」

 そう言うや否や彼女はガタリと派手な椅子の音を立てて立ち上がり、皆の驚いた視線など気付かないかのようにものすごい勢いで駆けていった。
 周りが慌てて止める声もまるで聞こえていないかのようだった。

「大丈夫かしら……」

 彼女が属する師団の先輩に片想いをしているというのは有名な話だった。彼女自身がそれを吹聴し、隠すことを知らなかったからだ。
 十分後、彼女はすぐに帰ってきた。

「あはは、振られちゃった!」

 そう頭の後ろを掻きながら言う彼女の姿を、そのときはそれはそうだろうと特に感慨もなく眺めるだけだった。

  *

 聞き慣れない音を耳にしたのは、ウァラクに連れ去られた入間様を探しているときだった。
 ズッズッと何か啜るような音に、つい好奇心で音源である植え込みを覗いてしまった。もしかしたら探しているふたりかもしれない、と。

「せん、ぱい……」

 そこにいたのは昼に先輩に告白しにいった彼女で、信じられないことに彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちていた。
 彼女の笑顔以外の表情を見たことのなかった私は驚きで思わず固まってしまった。

「ア、アズくん……」

 顔を上げた彼女は、私の姿を見とめると制服の袖で乱暴に目元を擦った。再度こちらを見上げる彼女の瞳はまだ涙が溜まっていて。どれくらいここで泣いていたのか、目は真っ赤になっていた。

「あの、これは、違くて……!」

 人前で強がっているだけで、本当は辛くてたまらなかったのか。そんな簡単なことに今さら気が付いた。
 あんな風に周りに言って回れるくらいなのだからきっと軽い気持ちなのだろうと勝手に思っていた。今の彼女はへにゃりと笑おうとしても全然上手くいっていなかった。

 クラスメイトとしてそれなりに近くで見てきたつもりだった。それなのに、そんなことも分からなかった自分に、何故だか苛ついた。それとも誰にも気付かせなかった彼女がすごいのだろうか。
 ポケットから出したハンカチを差し出す。

「隠さなくていい」

 気付かずに通り過ぎてしまうかもしれないから。

「無理して笑わなくてもいい」

 それだったら思いっきり泣いてくれた方が幾分かマシだ。これでは上手く慰められない。

「……お前が良い奴なのは問題児クラスの全員が知っている」

 私たちがどれだけ認めようとも、彼女にとってはただひとりだけが重要は意味を持つのだということは分かっていた。特別な彼に想ってもらえないのであれば、全て意味がない。分かっていたが、それでも言わずにはいられなかった。

「ありがとう」

 彼女の涙が私の差し出したハンカチに吸い込まれていく。

「アズくんって優しいんだね」

 もし、誰にでもするわけではないと告げたのなら彼女は一体どんな表情をするのだろうか。
 

2020.11.05