「貴様は私のことが好きなのか?」
突然放たれた彼の言葉に、私は呆然と呆けることしか出来なかった。意味を理解するのにたっぷり数秒掛かってしまった。
「そ、そんな、私なんかが恐れ多いです……!」
ぶんぶんと勢いよく首を横に振って彼の言葉を否定する。
「わ、私はアズ様に恩を返しているだけで……!」
一体どこからそんな話を聞いたのだろう。いや、彼ほど素晴らしい人ならば誰もが惹かれてしまうというのは置いといて。仮に誰かが邪推したとしても彼はそんなもの取り合わないと思っていた。
悪周期で暴走した生徒から守ってもらったのがきっかけだった。彼に助けてもらったその日から、私はただそれに報いたい一心で――
「本当にそれだけか?」
「ほんとうに……」
まっすぐにルビー色の瞳に見つめられるとそれ以上言えなくなってしまった。
「そうか」
責められると思っていたのに、彼の声は意外にも静かだった。彼の伏せた睫毛が頬に影を作っている。その寂しげな表情に目が離せなくなる。決してそんな表情をさせたかったわけではないのに。
「――では、そのように見えたのは私の願望だったのだな」
願望?と問い返す前に、腕を強く引き寄せられる。突然のことに息が詰まった。そのまま私の体はすっぽりと彼の腕の中に収まってしまう。
触れた箇所から熱を感じる。あまりにも熱くて、このまま溶けてしまいそうだと思った。
「嫌だと言うなら今のうちだぞ」
恩を、返しているだけのはずだった。けれども彼の近くで、彼のことをひとつ知る度に少しずつ胸の中で膨らんでいくものがあったのは事実で。
こんな気持ちは彼にとっては迷惑だ。なんて恩知らずなのだ、と必死で蓋をして隠してきたはずだった。それなのに、それなのに。
「いやでは、ありません」
カラカラに乾いた口でそれだけを答える。目を閉じるとじわりと熱いものが込み上げてくる。私が蓋をしたものを、この人はいとも容易くまた掬いあげてしまう。
「そうか」と耳元で再び聞こえた声はひどくやさしく、私の心のやわらかい部分を撫でていった。
2020.10.19