「私、邪魔じゃない?」
「そんなことはありません!」
「絶対そんなことあると思うんだけど……」

 彼は私の腕を後ろから腰に回させ、抱き付かせるような格好のままキッチンで料理をしていた。
 危ないし動きにくいだろうと言っても、彼は大丈夫ですの一点張りで譲ろうとしない。
 もっとも、こちらは抱き付いているだけなので不便も困ったことは何もない。でも、いつもならこういうとき最速で済ませて戻ってくるのに。怪我をさせてしまうのはこちらとしても不本意だ。

「ね、アズくん」

 名前を呼んでみても彼は「はい」と返事をするだけで振り返らない。私の言いたいことは分かっているはずなのに、きっとわざと気が付かないふりをしているのだ。

 ちょっと良い雰囲気のときに私のお腹が大きく鳴ってしまったのも原因のような気がするのでこちらもあまり強く出れない。
 こういうのは普通逆だと思うのだけれど、それも言えなかった。

「簡単なものですが、もうすぐ出来ますので」

 彼がボールの中身を混ぜる音が聞こえる。一応なるべく包丁は使わず火も使わない安全なメニューを選んでくれているようだった。
 それは良いのだけれど、やっぱり恥ずかしくて少しだけ腕の力をゆるめた。すると今度はそれを咎めるように彼が私の手を引き寄せる。手を洗ったからか、触れた彼の手はひんやりとしていて、じわりと私の体温が彼に移っていくのが分かった。

「今は少しも離れたくないのです」

 こちらを振り返った彼がやわらかく微笑む。それを間近で見てしまった私は彼の背中に顔を埋めて、ぎゅっと回した腕に力を込めることしか出来なかった。

2020.10.12