彼に、恋をしてしまった。


 悪魔学校の新任教師だと紹介された彼は、長い身を屈めて私たちを見渡したあと挨拶をした。

「よろしくぅ〜」

 彼の姿を見た瞬間、ガツンと頭を殴られたかのような衝撃を感じた。生徒に囲まれて質問攻めにされる彼が答えるたびにガツン。彼がにやりと笑うたびにガツン。心拍は上昇し、息が苦しくなる。
 彼と目が合って、その目が細められた瞬間、これが恋に落ちるということなのだと、人生で初めて理解した。


 教室の教卓の上にぺたりと頬をくっつけて突っ伏す。

「なんで教師なのよぉ……」

 教師でなければ。もしも対等な立場だったら、彼ももっと私を見てくれたかもしれないのに。
 年上は三割り増しで格好良く見えるというけれども、それを差し引いたって彼は十分魅力的だった。
 教壇から教室を見渡してみても、彼と対等になれるわけではない。悪魔学校の教師になれるなんて、若くともとんでもなく優秀な悪魔なのだろう。私が悪魔学校を卒業していたとしても、悪魔学校の教師になるなんて夢のまた夢。きっとランクも違いすぎて、私なんて彼の目に映りもしないだろう。
 生徒である今も、まったく彼は私をそういう対象として見ていないだろうけれど。新任教師である彼はきっと他にも沢山の女生徒の視線を釘付けにしているに違いない。どうやったら彼の特別になれるだろう。超成績優秀になる? それとも勉強の出来ない手の掛かる生徒になる? そこまでしなくても、彼の元に何度も授業の質問をしにいけばいい?

「もー、分かんないっ!」
「どぉ〜した?」

 後ろから聞こえた声に驚いて、バッと振り返る。そこには先ほどからずっと考えていた相手が立っていて。

「あ、アトリせんせ……」

 全く気配に気が付かなかった。私が名前を呼ぶと、彼は眩しそうに目を細めた。

「授業で分かんないとこでもあったかぁ〜?」

 彼が身を屈め、私の顔を覗き込む。その近い距離に、私の顔はかっかと火照った。
 夕日が彼の後ろに長い長い影を作っている。

「えっと、そうなんです。さっきの授業で分からないところがあって……。先生、教えてくれませんか?」

 彼の言葉に乗っかって、足元に置いていた鞄の中から慌てて教科書を取り出す。慌てすぎたせいで一緒にノートや筆箱まで飛び出してきたけれども気にしない。

「あ〜、ここね」

 アトリ先生が教卓に身を乗り出し、私が指で示した箇所を覗き込む。今までで一番近い距離に心臓がバクバクと大きく鳴る。
 ――ああ、最初からこうしていれば良かったのか。

「好き」

 私の言葉にアトリ先生が顔を上げる。意外にも彼は驚いたように目を丸くさせてこちらを見ていた。先生なら、私の気持ちにうっすら気付いていそうだと思っていたのだけれど。先生といえど、万能ではないらしい。彼の心を動かせたことが嬉しくて、思わずくすりと笑い声が漏れた。

「私、あなたのことが好きなんです」

 諦めるにはまだ早い。悪魔の女の子は執念深いのだ。


 もう決めたから。私、絶対にこの恋を逃したくないの。

2022.04.15