彼に、恋をしてしまった。
最初に誘われた射的ではあまりにも下手くそな私にマンツーマンで指導してくれた。不良風の見た目に反して丁寧な教え方で、ついに景品のひとつを撃ち落としたときは彼も一緒になって喜んでくれた。
その次のゴーカートではカーチェイスを演じた。人数のあぶれた私は彼とペアを組むことになった。カーブをノーブレーキで曲がるときのスリリング。そして遠心力で体が傾いて、彼にくっついてしまったときの意外にもしっかりした彼の肩――。
ゴーカートのレースのあと、彼はこのウォルターパークのスタッフだと明かして私たちと別れた。
「なんでスタッフなのよぉ……」
スタッフでなければ今日一日一緒に遊ぼうと誘えたのに。
パークのスタッフは三割り増しで格好良く見えるというけれど、それを差し引いたって彼は十分素敵だった。まだ出会って少しの時間しか経っていないけれど、彼には抗いがたい魅力があった。
名前を知りたいけれど、やはり勤務中にこういうことを聞くのはダメかしら。彼が仕事を終えるのはやっぱりパーク閉園時間? それともシフト制でもっと早く終わってしまう?
少し休みたいと言って一緒に来ていた子たちには先にアトラクションを乗りに行ってもらった。先程彼と遊んだときはあんなにキラキラして見えたアトラクションも今は全く興味が湧かない。もう頭の中は彼のことでいっぱいだった。
「はぁ……」
「どぉ〜した?」
思わず溜め息を吐くと声が降ってきた。いつの間にか私の上には影が出来ている。仰ぎ見ると先程まで頭の中で何度も反芻していた姿があった。
「ゆめ……?」
思わず小さく呟いた声は彼には届かなかったようだった。
「まだ遊び足りないか? それとも疲れちまったかぁ〜?」
そう言って彼が私の顔を覗き込む。射撃の指導のときよりもカーチェイスのときよりもずっと近い顔の距離に思わず頬に熱が集まった。
「疲れたときはウォルターパーク印のこのジュース! 飲めば疲れもぜ〜んぶ吹っ飛ぶぜ?」
数人のグループで来ていたはずの私がずっとベンチにひとりで座っているのを見つけて声をかけてくれたのだろう。
体調不良者なら救護室へ連れて行かなければならない。まだパークを楽しめていないのなら相手をしなければならない。いずれにせよ彼はウォルタースタッフとして仕事をしているにすぎないと分かっているのに――。
「好き」
「へっ?」
私に気付いてくれたのが嬉しくて。別れたあとすぐに姿の見えなくなってしまった彼にはもう会えないかも知れないと思っていたから、こうして声をかけてくれたのが運命のように思えて。
思わずがっしりと彼の服の裾を掴む。
「わたし、あなたを好きになってしまいました」
もう私、絶対にこの恋を逃したくないの。
2021.07.22