「アガレス、プリント」

 どうして私は彼の前の席なのだろうとプリントが配られるたびに思う。アガレスは授業中ちゃんと起きていた試しなんてないし、当然ホームルームの時間だって惰眠を貪っている。他の悪魔だったら手に持ったプリントを後ろに向けるだけで勝手に取っていってくれるところを、この男子生徒は寝ているのを起こすところから始めなければならない。

「起きて受け取ってよ。……机の上に置いとくからね」
「どうせなら机の中に入れといてよ」

 アイマスクを持ち上げて瞳を覗かせた彼と視線が合う。その瞬間私の手からは力が抜けて、持っていたプリントがひらひらと床に落ちる。

「ちょっと!」

 落ちてしまったプリントを見てアガレスが声を上げる。アイマスクは完全に額に掛けられ、両目が見えている。
 寝ているのを起こすのが面倒なだけではない。――彼の素顔も問題のひとつだった。

「どうしたの?」
「この女が人の顔見るなり固まってるんだよ」
「また?」

 騒いでるのを聞きつけてリードがこちらへやってくる。皆も何だなんだと視線をこちらへ向けているのが分かる。
 私だって意地悪でプリントを彼に渡さないわけではないのだ。

「いや、なんていうか、アガレスの顔が美形すぎて……」
「あー」

 私の言葉に皆が納得したような声を上げる。彼の素顔はすでに問題児クラスの皆の知るところである。

「でも前からそんな面食いだったっけ?」

 その通り、私は以前はそんなに面食いではなかったはずだ。彼氏にするのなら内面重視派だったはずで。

「アズアズは?」
「アズアズだなって思う」
「じゃあサブローは?」
「サブローだなって思う」

 次々と美形にカテゴライズされるクラスメイトが目の前に連れて来られる。他の美形と呼ばれる悪魔を見ても何とも思わないのに――

「じゃあアガレスは?」
「ダメ!」

 けれどもアガレスが目の前に連れてこられるとダメだった。顔を手で覆って視界を遮る。それでも指の隙間から彼のキラキラオーラが漏れてしまいそうだった。

「随分失礼だよな〜」

 そう言われると何だか罪悪感がわいてくる。寝ているアガレスも悪いが、私が毎回プリントを回す度に大騒ぎしていたのではクラス中の迷惑だ。
 ゆっくりと顔を覆う手を外して、瞼を開ける。そこにはいつものようにししょーに乗って寝転がっているアガレスの顔があった。

「そんなに俺の顔が好きなわけ?」

 彼が頬杖をついて、にやりと意地悪そうな顔でこちらを見上げる。その瞬間、ぼっと顔に火がついたかのように熱が上がるのが分かった。

「ううううるさい! アガレスが無駄に美形すぎるのがいけないんでしょ!」
「ぶっ!」

 捨て台詞とともに、拾ったプリントをアガレスの顔に押し付けて逃げる。
 ――たった今気が付いてしまった。私が彼の顔を見て平常心でいられないのは美形だからではない。
 私はアガレスのことが好きなのだ。
 

2020.11.15