「小田切先輩すみません、手伝ってもらっちゃって……」

私がお礼を述べると隣を並んで歩く彼は 「いや、気にするな」と返してくれる。

一人で運ぶ量じゃないしな」

委員会の後、会議で使った資料やらなんやらを私が片付けて資料室まで持っていくことになった。資料室と名前の付けられた埃っぽい物置教室だ。下級生の誰かがやってくれと言われたのだけれど、皆なんやかんや部活が予備校がなどと言ってあっという間に帰ってしまった。最初から我関せずといった生徒もいた。そんな中で机の上に置かれた資料たちの近くにたまたま座っていた私にお鉢が回ってくるのは必然とも言え、さらには三年の委員長に後は頼むなどと言われてしまっては断れるわけがなかった。

「皆それぞれ用事があるので仕方ないです」

私がそう言うと小田切先輩は少し眉を寄せて何か言いたそうにしたが、そのまま口を噤んだ。言っても私が困ることを察してくれたのだろう。

本当は、押し付けられたときちょっと嫌だなぁと思ったのだ。嫌だなぁ、何で私が、そう思いながら無駄に大きな資料をトロトロと丸めていたところに小田切先輩が手を貸してくれた。
これは役得だ。

小田切先輩は優しい。こうして片付けを手伝ってくれるし、前に一度移動教室が分からなくて困っていたときも声を掛けて助けてくださった。委員会のときも、普段はもの静かだけれど意見するときは常に的確で正しい指摘をする。頼りになる先輩。そんな人に恋するのはごく自然で当たり前なことのように私には感じられた。

「本当には偉いな」
「そんな、これくらい――」

そのあとに続けようと思った言葉は私の口の中でどこかへ行ってしまった。大きな手が私の頭の上に乗って、くしゃりと髪を撫ぜる。突然のことに頭がついていかない。こんなしあわせなことがあっていいのだろうか。たかだか委員会の片付けを引き受けたくらいで、こんなに良いことがあるなんて。

「小田切先輩……」
「すまない、子ども扱いだったか?」

そう言って彼は手を引っ込める。惜しい、と思ったけれども、もっと撫でてくださいと頼むことも出来ない。

「そういうつもりじゃなかったんだが」
「いえ、ただ突然だったからびっくりしてしまっただけで全然……」

嫌どころかとても嬉しかった。その言葉は言えないまま俯いた。言葉が上手く出てこない。彼に撫でられた頭はぐらぐらと熱くて、何も考えられなくなる。もっと上手くお話したいのに。あわよくば、この子とお喋りしてると楽しいななんて思ってもらえたらいいのに。現実の私は言葉に詰まりながらただただ顔を真っ赤にさせるばかりだった。

は本当に――」

隣を歩く彼が不意に言葉を切る。いつまで経っても続きが降ってこないので、不思議に思って彼を見上げる。

「小田切先輩?」
「いや、は本当にお人好しだが、そこが良いところだなと思ったんだ」

私を見下ろす彼の瞳はとてもやさしいもののように思えた。自惚れかもしれないけれど。そんなことを言われては、私は彼に顔を見られないようにますます深く俯いて歩くしかなかった。

廊下は未だ長く、目的地には着かない。

2016.06.22