「僕の万年筆がない」

佐久間係長から書類を受け取るためD課へ行くと三好さんひとりがデスク周りをゴソゴソを漁っていた。聞けば万年筆をなくしたらしい。

「万年筆って三好さんがいつも胸ポケットに入れているやつですか?」
「そう」

何だか上質そうな万年筆を三好さんは愛用している。大抵は三好さんの胸ポケットに収まっていて、私が書類にサインを求めるときなんかはもっぱら私が一緒に差し出したボールペンを使うので私自身はあまりそれが使われているところを見たことがない。あの万年筆も活躍の出番があるのかと意外に思った。

「僕ならきっとこの辺に置くはず」

こんな狭い部屋では探す場所も限られている。転がってどこかに落ちてしまったのではと思ってしゃがみこんで机の下を確認していると「床は一番に探しました」と言う声が降ってくる。顔を上げると三好さんはゴミ箱の蓋をスイングさせて中味を確認し、次に棚の扉を開けてはその中を探していた。さすがに棚の中に万年筆を置いたりしないのではないかと思ったが、もしかしたら彼ならあり得るのかもしれない。

「この部屋以外のどこかに置きっ放しにしてるんじゃないですか」
「それはあり得えません」

妙に断言する。現に紛失しているのだし、めぼしい場所は探したのだからじゃあ次は別の場所という可能性を考えてもいいはずなのだが、そこは絶対の自信があるらしい。もっとも、三好さんはあちこちに物をぽんぽん置いてきたりするタイプには見えない。私なんかは使った先でボールペンを忘れてきたりしてしまうのだけれど。

「あっ!」

不意に三好さんが声を上げたかと思うと、向かいのデスクにつかつかと歩いていき、その机の上から何かを拾い上げた。あの席は確か――

「甘利……」

三好さんが脱力したように呟く。甘利さんの机の上は何やら物が沢山乗っている。書きかけの報告書や、仕事に関係なさそうな不思議な置物がいくつもあった。置物は誰かからのお土産だろうか。沖縄のシーサーっぽい何かや、ゆるキャラっぽいぬいぐるみまである。

「甘利はいつも人のものを使って、元の場所に戻さないんだ」

やれやれと首を振って万年筆を持ち上げて私に見せたあとに、いつものポケットに仕舞った。その演技掛かった仕草も三好さんがやると何だか様になっている。彼のきちんと着ているスーツもどことなく他の刑事たちとは違って洗練されていてお洒落に見えるのだ。なくなっていても特別違和感のなかった万年筆だが、やはりそこに収まっている方がしっくりくる。

そんなことを考えていると、三好さんが私の視線に気が付いて視線が合う。ちょこっとだけ両の口の端を持ち上げて彼が微笑む。

「おや、どうかしましたか?」
「いえ、何も――」

何と説明したら良いものか分からなくてごまかしの言葉を口から出した。ごまかしたものの、その先のことは何も考えていなくて、どうしようかと脳みそをフル回転させていたが、どうやら幸運は私のところへやってきたらしい。

「ただいまー」

どこかのんびりした声に三好さんと一緒にそちらへ振り向くと、タイミングの良いことに丁度渦中の人物――甘利さんがD課に帰ってきたところだった。

甘利さんは私の姿を見ると少し目を丸くして驚いた表情を作ってみせたあとに、ぱぁと花開くように笑顔になった。甘利さんはいつも表情がくるくると変わって、一緒にいると楽しい人だ。

「あれ、さん来てたの? 声掛けてくれれば待ってたのに」
「今日は佐久間係長に用事があって……」
「そうなの? でも佐久間さん今出払っててしばらく戻らないよ」

どうやら入れ違いになってしまったらしい。今日のこのくらいの時間に書類を回収に行くことは事前に伝えてあったのだけれど、佐久間係長も暇ではないのだから仕方がない。

「甘利、また僕の万年筆を勝手に使っただろう」
「あっ、ごめーん。返すの忘れてた」

軽い謝り方だったが、三好さんは気にしていないようでそのまま自席に戻っていった。これで万年筆失踪事件は幕を下ろしたようだ。佐久間係長もしばらく不在ということが分かったことだし私もそろそろ戻ろうと思うと、まるで心を読んだかのようなタイミングで「それと――」と三好さんがこちらを見ずに私を呼び止める。

「それと、さん」

三好さんがにっこりと綺麗に微笑んで、彼のデスクの上にあった一枚の紙を持ち上げてみせた。その紙には見覚えがある――

「佐久間さんの書類なら代わりに僕が預かっています」

そういうのは早く言ってほしい。

2017.03.05