「また昼食を食べていないんですか?」
「あはは……」

後ろから投げかけられた。彼の問いかけに乾いた笑いで返す。

「本当は食べたいんですけど手が空かなくて。この資料三時までにまとめないと」

軽く振り返ってそう答えた瞬間、ぐぅと腹の虫が主張する。何も三好さんの前で鳴らなくてもいいものを。彼の視線が自然と主張の激しいこの腹に向く。三好さんはこんな風にお腹を鳴らすことなんてないんだろうなと思う。そもそも彼なら資料作成にこんな時間を掛けたりしないだろうし、急にギリギリになって仕事を頼まれたとしても先回りして既に終わらせそうだし、例えごはんを食べられなくてもお腹の虫も完璧にコントロール出来そうだった。

「三好さんはすごいですね」
「なんですか急に」

三好さんと会話をしながらもキーボードを打ち込む手は止めない。右手で別の資料を捲って確認しながら左手だけで文字を打ち込んでいると彼が資料を押さえてくれた。それに甘えてタカタカと文字を素早く打ち込む。彼が押さえてくれたページに付箋を貼ってマークし、「ありがとうございます」とお礼を言う。その資料を閉じて別の資料を探すと、三好さんの視線がずっとこちらに向いたままであることに気が付いた。彼がこんな風に何も言わないでいることなんて珍しい。どうしたのかと体ごと振り返って、彼と向かい合う。すると、ずいと鼻の先でビニール袋が揺れた。

「これ、良かったらどうぞ」
「どうぞって……。これ三好さんのお昼でしょう?」

差し出されたのは三好さんが持っていた袋だ。中を覗くとおいしそうなサンドイッチが入っている。コンビニで買ったようなものではなく、具も何やら沢山挟まっているやつだ。彼は何でもないように渡してきたが、三好さんはこれを食べるつもりだったのではなかったのか。彼が他に何かお昼ごはんを用意している様子もない。

「僕のお気に入りの店で買ったものです。一応有名店なので味は保証しますよ」

さすが三好さん、立派なものを食べている――ではなく。ならば尚更もらえない。これは三好さんが楽しみにしていたものではないのか。

「サンドイッチなら作業しながらでも食べられるでしょう?」

一応そういうところも考えてサンドイッチをくれると言っていたのか。確かに、少しお行儀は悪いがこれなら片手で食べながら空いたもう片方の手で作業を進めることが出来る。

「僕は外で食べたい気分になったので」
「でも……」

渋る私に三好さんは「じゃあ」と言う。仕方ないなぁと言うようにやさしく表情をゆるめた。

「じゃあ今度は僕のためにお弁当を作ってきてください」
「お弁当?」
「ええ、僕のために」

三好さんが自分の言葉を繰り返す。

「……いつも有名店のサンドイッチを昼食に食べているような人の口に合うようなものを自分が作れるとは思えないんですが」
「あなたが作ったものが食べたいんですよ」

三好さんはそんなことを言う。有名店のサンドイッチとか毎日そんなおいしそうなものを食べていても多少の変化がほしくなってしまったのだろうか。確かに私の作ったものは有名店で買ったランチなんかとは全く味は違うだろうけれど。

逡巡していると丁度良いタイミングでまたぐぅとお腹から音がする。このありがたい申し出を受け取ってしまえと。「ほら」と三好さんが言う。

「誰も明日作ってこいとは言いません。これが落ち着いてからで構いませんから」

そう言って彼はパソコンのモニターをこつこつと叩く。資料作りは今日の三時までだが忙しいのはしばらく続く。そのあとで良いと言ってもらえるのは正直ありがたい。その頃には別のヤマがきているかもしれないが。

「じゃあサンドイッチありがたく頂きます。お弁当は期待しないでくださいね」
「ええ。頑張ってください」

その『頑張ってください』はこの資料作りのことか、お弁当作りのことか。個人的にはお弁当作りの方が緊張しそうだと思いながら再びパソコンに向かい合ってキーボードを叩いた。

三好さんのやけに機嫌の良さそうな声が妙に耳に残っている。

2016.10.12