お昼のピークも過ぎた午後二時近くのカフェの店内は落ち着いていた。大抵の人はお昼ごはんをすでに済ませ、お茶をするにはまだ少し早い時間。レジも混んでおらず、席もすんなりと確保することが出来た。午前の仕事を終えて、お腹はぐーぐーと空腹を訴えていたが料理が運ばれてくるまでの間カフェオレで黙らせる。するとふとテーブルに人影が落ちていることに気が付いた。

「相席、よろしいですか?」

他に席が空いているのに相席なんてどういうつもりだろうと、顔を上げるとトレーを持った三好さんがいた。驚いて思わず名前を呼んだ私を、三好さんがなんだか楽しそうな笑顔で見下ろす。声を掛けてきたのが三好さんその人だというのも驚いたが、それよりも彼がこんなチェーン店のカフェに入ってくることに驚いた。

「どうぞ」

知らない人ならば断ろうと思っていたが、三好さんとなれば話は別だ。相席を許可すれば彼はテーブルに持っていたトレーを置き、流れるような動作で椅子を引いて座った。彼のトレーの上にはアイスコーヒーと、番号札が乗せられていた。番号札は数字は違えど私のトレーの上にも同じものが乗っている。

「三好さんもお昼休憩ですか?」
「ええ」

彼がストローのビニールを開け、アイスコーヒーに挿すとカラコロと氷が鳴る。美食家だという話の三好さんがチェーン店のカフェに入るイメージがなかったので、目の前に座っている三好さんが何だかちぐはぐに見えた。

「ひとつ片付けて戻ってきたところです」
「そういえば朝佐久間さんが忙しそうにしているところを見ました」
「あの人はいつもああですよ」

そんな会話をしていると「おまたせしました」と店員がフードを運んできた。三好さんが何を注文したのか気になって皿を覗き込むと、意外にも私が注文したのと同じパスタだった。今日のお昼ごはんは私にしては贅沢なものだったのだけれど、彼の前に置かれると印象が違って見えた。

「三好さんってこういうとこのごはん食べるんですね」
「“こういうとこのごはん”と言うと?」
「三好さんは美食家だと聞いていたので」

美食家の人が何を食べているのかよく分かっていないが、オーガニックカフェだとかそういうオシャレなお店とか、とても有名なお高いお店でしか食事をしないのかと思っていた。そもそも三好さんが普段何を食べているのか具体的に考えたこともなかったのだけれど、私と同じものは食べないのだろうなという朧げで、なおかつ勝手なイメージがあった。

「必要があればあなたの言う、こういうところにも入りますよ」

くるくると綺麗にパスタをフォークに巻きつけながら三好さんが言う。パスタはちょうど一口分フォークに巻き取られ、そのまま彼の口へ入っていく。それに対して私はというと彼の手元ばかり見ていたせいもあっていつも以上に食べるのが下手になってしまったようだった。巻きつけられたパスタは明らかに私の一口分よりも多くて、もう一度巻き直すはめになった。

「張り込みの際、甘利があんぱんと牛乳しか買ってこないときもありますし」
「そういうときはどうするんですか?」
「あんぱんと牛乳で済ませます」

コンビニの袋からあんぱんを取り出して頬張る三好さんを想像してさらにイメージにないなぁと思った。よくよく考えればそんな高級なお店でばかり食事をとれるわけないし、捜査の際にはコンビニの食事で手早く済ませなければならないことも多々あるだろう。もっとも、あんぱんと牛乳は行き過ぎなほどベタな例で思わず笑いが零れてしまった。

「じゃあ今日はいつも行っているお店がお休みだったとかですか?」

何気なく放った言葉は、三好さんを一瞬固まらせたあとため息とともに返ってきた。

「あなた、それ本気で言ってるんですか?」

確かに三好さんが店の定休日を忘れるとは思えなかった。それなら他に考えられる可能性は、と素早く思考を巡らせる。

「他のお店が混んでたから仕方なく」
「違います」
「実はここのコーヒーが好き」
「違います」

同じ答えを繰り返しながら彼はまたパスタを口に運んだ。控えめに咀嚼して飲み込んだあと、まっすぐに視線をこちらへ向けて「ねえ」と口を開く。

「ねえ、どうしてあなたはこういうことになると急に察しが悪くなるんですか?」

そんなに的はずれなことを言っただろうかと首を傾げると、三好さんは小さくため息を吐いてフォークを置いた。

「あなたの後ろ姿が見えたから追ってきたに決まってるじゃないですか」

そう言って彼はコーヒーのストローに口を付ける。ガムシロップもミルクも入っていない黒い液体が段々減っていくのを見たあとに、私はやっと口を開いた。

「そんなの分かるわけないじゃないですか……」
「それなら認識を改めてください」

自覚しろ、と彼は言うのだ。彼はなんてことないような何気ない口調で言う。そのくせ交わった視線は何よりもまっすぐに真摯なものだったのだから私はどうしていいのか分からなくなってわたわたと手元のカフェオレをすすった。

「あなたと同じものを食べたかったんです」
「この間三好さんが連れてってくださったお店でも一緒に食べたじゃないですか」
「そういうことではなく」

言葉を重ねる三好さんの言いたいことを、本当は理解している。理解しているけれども口に出すにはそれは些か恥ずかしく、わざと分からないふりをする。

「私だっていつもここでお昼を食べてるわけじゃありませんよ」
「知っています。いつも作ってきたお弁当か、どこかで買ってきたパンでしょう? 今日は特別、たまたまお昼を用意していなかった上に午前の業務が昼休みにずれ込むほど忙しかった。その分、外での食事は自分へのご褒美といったところでしょうか」

正解だ。それを伝えると三好さんはくすくすと笑う。「良かった」と。私はまたそれが恥ずかしくなって、くるくるとパスタを巻きつけるのに必死なふりをしたのだった。

2016.08.01