、お友達が迎えにきてるよー!」
「えっ? はーい!」

階下から母の声が聞こえる。聞こえた言葉に一瞬疑問符を浮かべながらもとりあえず答えながら、身に付けた制服を整えた。“お友達”に心当たりはなかった。誰か迎えにくるようなことを言っていただろうか。今日は日直で多少早く起床した。誰か朝練のある友達が部活前にノートを貸してくれだとか頼みにきたのだろうか。そういえば今日は朝起きてから携帯を確認していなかった。もしかしたら私が寝ている間に連絡がきていたのかもしれない。携帯の通知を確認するよりも先に鞄だけ掴んで部屋を後にした。

それがいけなかった。玄関にいた人物を見て私はひどく驚くことになる。

「み、三好くん!」
「どうも」

私とは対照的に彼は何気ない様子で挨拶をする。まったく、予想していなかった。階段を下りるまでに、昨日『明日数学の授業で絶対当たる』と嘆いていた彼女か、いつも板書を写すのが遅い彼女か、はたまた小テストが多い英語教師に担当されている別のクラスの彼女かなんて、順番に友達の顔を思い浮かべていたのだけれど、その中に彼の存在なんてこれっぽっちもなかった。さっきすれ違ったお母さんの口元が妙ににやついていたのはこういうことだったのか。

「日直で寝坊されてはかなわないと思って」

だからって家まで迎えに来るなんて、三好くんの考えていることは分からない。確かに、今日のもうひとりの日直は三好くんだ。私が寝坊して一番迷惑を被るのは彼だろう。

「ちゃんと起きたよ」
「どうだか」

声を出すのを忘れてしまった口を精一杯動かして言ったのに、三好くんはそれを簡単に一蹴する。本当にちゃんと起きたのに。今から家を出れば十分間に合う。日直の仕事だって余裕を持ってこなせるだろう。まあ、少しだけ予定より起きる時間が遅くなってしまって朝食を食べる時間はないのだけれど。それを見透かしたかのように三好くんがふっと笑う。

「寝癖、ついてる」

伸ばされた手に私は硬直することしか出来なかった。身を引くことも出来ない間に、彼の指先が私の髪に触れる。きっとそこが彼の言う寝癖がついているのだろう。

「これで登校する気だったのか?」

そう言って三好くんがまた薄く笑う。そこまで言われるほどひどい寝癖がついているとは信じられなかったが、何せきちんと鏡を覗いてチェックしたわけじゃないからもしかしたら見えない部分で髪がはねていた可能性は否めない。「まだ支度の途中だったから……」と小さく言い訳する間にも彼の手は私の髪を梳いて寝癖を整えていく。髪が今日も綺麗に整えられている彼のことだからきっと他人の髪がこうもボサボサだと気に食わないのだろう。

「ほら」

最後に私の顔に掛かっていた髪をすっと掬って耳へかける。あまりにも自然な仕草に私はさらに固まって、ただ前を見ることしか出来なかった。私が目を丸くしている間に、彼は私の身だしなみの最終チェックを終えたのか満足そうな表情を浮かべた。どうやら先ほど慌てて結んだリボンは奇跡的に曲がっていなかったらしい。

「行くよ。早くしないと遅刻する」

くるりと踵を返した三好くんに、私はやっと我に帰る。慌てて鞄を掴み、靴を引っ掛けて「いってきます」と家を出る。ローファーが上手く履けなくて突っ掛かりながらも彼を追いかける。

「待って、三好くん」
「仕方ないなぁ」

勝手に迎えに来たくせにそんなことを言う。今日の私は朝から彼に振り回されっぱなしだ。

2016.06.21