大東亞文化協會の少し薄暗い廊下を歩いていると角のところでちょうど三好さんと鉢合わせた。「丁度良いところに」と言って足を止めた彼はそれだけで今日もまるでお芝居の中のように完璧に決まっていた。彼は持っていた包みを私に差し出す。

「これ、たまたま頂いたものですが貴方に差し上げます」

彼から包みを受け取るとそこには知った名前が印字されていたので驚いた。

「わぁ! 私ここのお菓子大好きなんです!」
「そうだと思いました」
「結構並ばないと買えないし、売り切れも多くて……こんなものを貰えるなんて、三好さんとってもラッキーですね!」

大層人気なこのお店の商品は井戸端会議でもたまに話題に上がるが、そもそも滅多に食べられるものではないのだ。先ほど大好きなどと言ったが、私自身一度しか食べたことがなかった。

「本当に貰っちゃっていいんですか?」
「どうぞ」
「わあ、嬉しい!」
「喜んでいただけたなら何よりです」
「じゃあせっかくですし、皆さんで頂きましょう。三好さんもどうですか? 今お茶淹れますね」

そう上機嫌で食堂へ向かおうと踵を返すと、すぐ後ろに神永さんが立っていたので驚いた。彼らは気配を消すのが上手く、常日頃から私は驚かされてばかりなのだけれど、今回もまた軽く飛び上がってしまった。声を上げなかっただけ、以前よりも進歩している。

「神永さん、いらっしゃったなら声を掛けてくださいよー」
「……何か用ですか?」
「いいや、別に?」

にへらと笑う私とは対照的に三好さんはひどく不機嫌そうな声を出した。神永さんと三好さんの視線が混じり合う。機関員はしばしばこうして視線を交わして探り合うことがある。私には彼らの瞳の奥にどんな考えがあるのかなんてどんなに見つめたって分からないのに、彼らは何も言わないうちに相手のことがある程度分かるらしい。

「何がたまたま貰った、だよ。さんのために買ってきたって言えばいいだろ」

先に口を開いたのは神永さんの方だった。しかも私の名前が飛び出したものだから、私はそのままこの場を去ることが出来なくなってしまった。

「……何が言いたいんですか、神永。僕が嘘を吐いているとでも? 何のために?」
「何のためになんて知らないさ。素直になればいいのにって思っただけでさ」

正直、私は三好さんの意見に賛成だった。彼が私に嘘を吐く理由が見つからない。そんな嘘を吐いて何になるというのだろう。彼はそんな無意味なことはしない人間のように思われた。神永さんは考えすぎじゃないだろうか。

「なあ、さん、こういう男どう思う?」

突然こちらに振られて驚いた。ちらりと、三好さんがこちらに向けた視線とかち合った。

「どちらでも嬉しいです。三好さん私の好きなもの覚えていてくれたんですね」

どちらにせよ三好さんが私のためにと思って持ってきてくれたことには変わりない。単純な私は、三好さんが私のためにわざわざ菓子を買ってきてくれたのだとしたら期待してしまうし、たまたま貰ったものだとしてもそのときに私のことを思い出して渡してくれたことにひどく喜んでしまうのだ。

三好さんはそんな私を見てちょっと驚いたような瞳をしてから肩を竦め、ふうといつもの調子で息を吐いた。

「本当に、さんには敵いませんね」

その様子を見て私はふふと笑う。どちらにせよ三好さんはやさしい人なのだ。私はそれをちゃあんと知っている。

「お茶淹れてきます!」

彼らよりも先に勢いをつけて食堂に入る。「随分機嫌が良いようですね」と中にいた実井さんに声を掛けられ「三好さんが私の大好きなお菓子をくださったんですよ」と説明すると、ちょうど後ろから彼がすました表情で食堂の扉をくぐるところだった。

2016.05.23