好きと思いを告げられることがこんなにも苦しいことだとは知らなかった。漫画やドラマの中の恋愛はもっとキラキラしていて楽しいものだと思っていた。王子様みたいな素敵な男の子に告白されたいなと夢見たことはいくらでもある。でもそれは漫画の中だからきゃあきゃあ言えるのだ。

、好きだ」と言う声が脳内で再生される。私が告白されたのはつい三日前のことだ。放課後ちょっと用事があると連れだされ、「好きだ」とはっきり言われるまで私は告白されるなんて思いもよらなかった。しかもその相手があの神童くんだったのだ!神童くんとはクラスメイトだけれども特別親しいわけでもない。私がサッカー部のマネージャーというわけでもないし、彼と仲の良い霧野くんと親しいわけでもない。私と神童くんは本当にただのクラスメイトという言葉がぴったりだった。それなのに告白されてしまった。混乱した私は「ごめん!」とだけ言ってその場を逃げ出したのだった。

それ以降、神童くんの視線が気になってしまうようになった。自意識過剰なのかもしれないが、ふとした瞬間に神童くんがこちらを見ているような気がして少しだけ居心地が悪い。思い切って振り返ると目が合うこともある。それが気になって授業も集中出来なくなってしまって、今日ついに先生に呼び出されてしまった。怒られることを覚悟して職員室に行ったが、半分は「何か悩み事でもあるのか?」という心配の言葉だった。そんなに私は目に見えて腑抜けていたのだろうか。

「失礼しましたー」

心配してくれる先生を適当な言葉で誤魔化し、職員室のドアを閉めると一気に静かになった。普段購買なんかに人がいっぱいいる様子しか見ていないからかまるで違う世界に来てしまったみたいだ。テニスコートや体育館なんかは校舎と少し離れているからか部活動の声も本当に小さくしか聞こえない。放課後の第一校舎ってこんななのかぁと感慨深く思いながら下駄箱から靴を取り出して履いていると不意に「!」と声が聞こえた。それは散々脳内で繰り返された声で口から飛び出してしまうんじゃないかと思うくらい心臓が飛び上がった。

、今帰りか?」
「ししし神童くん!」
「ちょうど姿が見えたから」

私が過剰に反応する様子を見て神童くんはちょこっと笑う。周りにきらきらとした星が見えそうな勢いだ。神童くんに笑われるなんてさすがに驚きすぎだったかもしれない。恥ずかしくなって胸に手を当てて気持ちを落ち着かせる。彼が普通に話しかけてくれたというのに、私だけが意識しているなんておかしな話じゃないか。

「えっと、神童くんも今帰り?」

こっそり周りを見回して誰もいないことを確認する。誰かに見られでもしたら厄介だ。クラスメイトと話すだけなら普通のことかもしれないが、用心しておいて損はない。放課後を大分すぎた昇降口に生徒の姿は見当たらなかった。そのことに私は安心して神童くんに向き直る。

「ああ。今日は早く終わったから」

うちの学校はサッカー部の名門として有名らしいから、毎日遅くまで練習しているイメージがあったのだけれど案外早く帰れる日もあるらしい。日の短い冬だが今日はまだ山の端が明るい。

「もうすぐ日が暮れるな。送っていく」
「えっ、いいよ!悪いし」
「遠慮しないでくれ。オレがそうしたいんだ」

神童くんはすごくモテる。神童くんはサッカー部のキャプテンで頼れるし、サッカー上手いし、ピアノはコンクールで優勝しちゃうほどの腕前だと聞いたことがあるし、それなのにちゃんと学校の勉強もしていて成績も優秀。噂によるとお城みたいな家に住んでてすごくお金持ちらしい。神童くんのおうちのことはよく知らないけれど神童くんの育ちの良さみたいなものはあちこちから滲み出ているから噂は本当なんだろうなって思ってる。だって暗くなるから送るとか他のクラスメイトに出来るとは思えない。こんなところを見せられたら人気があるのも納得してしまう。かと言って私が彼のことを好きになるかどうかはまた別の話だ。

「オレでは嫌か?」
「嫌っていうか、困る」
「困る、か……」
「だって仮にも私、神童くんを振ったわけだし」

気まずいでしょと言えば神童くんは目に見えて表情を暗くした。そんな顔をされても私が神童くんを振ってしまったのは事実で、過去はもう変えられない。しかし私が神童くんを振ったというのもおかしな話だと思う。私が神童くんに振られたならまだしも。

「そうか……」
「それにね、神童くん女の子に人気あるから一緒に帰るのは恐れ多いっていうか。何か言われたらどうしよーなんて、ね!」

同意を求めるように「ね!」の部分に力を込めて言う。何となく察してくれるかと思ったけれど彼はいまいちよく分からないといったふうに目をぱちくりとさせる。神童くんは鈍感だ。私は彼の他に様付けで呼ばれる中学生なんて見たことない。それくらい神童くんは学校内、特に女の子の間で注目の的なのだ。そんな人と一緒に帰ったら噂が広まるのだって普通よりずっと早いだろう。

「誰に何を言われてももうとっくにはオレの特別なのに?」

神童くんは相変わらずきょとんとした表情を変えないまま平然としている。それに引きかえ、私はその言葉にまたぎゅうぎゅうと胸が痛くなった。「……そういう」

「神童くんのそういうところが無理!」
「えっ!?」
「いつもは鈍感のくせに!」

驚いている神童くんを置いて私は一気に駆け出す。女の子の熱い視線に気付かないほど鈍感なくせに、どうしてそんな特別だなんて言えるのだろう。冷たい風を切って走っているのに顔だけがやけに熱かった。

「待ってくれ!やっぱ送る!」

後ろから声が追いかけてくる。驚いて出遅れたとはいえ、さすがにサッカーをやっている男の子の足には敵わなくて、私がどんなに全力で走っても足音はどんどん近づいてくる。走っているせいで心臓が痛くなるし、息も苦しくなる。このままではいつか窒息してしまうよ。

2011.02.13