部屋の隅の日陰の部分。外からは見えない場所に私は体育座りをしてしゃがみ込んでいた。まだ日が出ているこの時間は皆外で遊んでいる。窓ガラス一枚隔てた向こう側は皆の遊ぶ声が聞こえてきて賑やかだったけれども、家の中は少しさみしいくらい静かだった。ずびりと自分が洟をすする音がやけに大きく響く。「ふうすけー、そっちパス!」と誰かが一際大きく言う声が聞こえてきたと思ったら、ふいにパタパタと誰かが歩く音がした。そのままどっかへ行ってくれるだろうと思っていたらその足音は少しずつ少しずつこちらへ近付いてきて止まった。

「え、泣いてるの?」

上から声が降ってきて顔を上げると、ポニーテールが垂れてきた。とっさに面倒くさいのに見つかってしまったと思った。空気を読んでどこかへ行ってくれないかなぁと思ったけれども、その願いむなしくリュウジは私の横にしゃがみ込んだ。

「どうして、どうして?」

泣いてる不細工な顔リュウジには見られたくなかったのに、どうしてこんなタイミングでやってくるのだろう。さっきまで外で遊びまわってたくせに。気遣いだって得意じゃないくせに、どうして部屋の隅っこでうずくまってる人に声掛けちゃうかなぁ。私はとにかく顔を見られたくなくて膝を抱えてさらに小さくうずくまる。

「放っといて」
が泣いてるのに放っておくことなんて出来ないよ」

何だかんだ言ってリュウジはやさしいし面倒見がいい。年下の子と一緒になって遊んでいるように見えて、ちゃんと面倒を見てあげてるのだ。こんな風に隅っこで泣いている人を見つけたら放っておけないだろう。まぁ誰だって隅っこで泣いてるやつがいたら気になるに決まっているだろうけれど。

「ね、ね、言ってみなよ。誰かに泣かされたならオレがガツンと言ってきてやるから!」

そう言ってリュウジは握りこぶしを作って見せる。リュウジがそんな乱暴なこと出来るはずないのに、そうやって無茶なことばかり言う。これでもし原因が晴矢とかヒロトだったらどうするつもりなんだろう。それでもガツンと言ってきてくれるんだろうか。

「大切にしてたシャーペンが壊れちゃった」

それを聞いたリュウジはあからさまにほっとした表情をした。こんな小さなことでないていたのかと呆れたのかもしれない。袖で涙を拭っていると、リュウジは立ち上がって部屋の向こうへ駆けていってしまった。そのまま部屋を出て行くのかと思ったが、部屋の反対側に行ってバッとしゃがみ込んだ。そこに置いてある鞄の中をごそごそ漁っているかと思うと、勢いよく振り返って手に持った何かを目の前に突きつけてきた。それにピントを当ててよく見ると突きつけられたのはシャーペンだった。リュウジがいつも使っているものだ。

「お、オレのあげるから!」
「そうじゃない」

そう言ったけれどもリュウジがせっかく差し出してくれたのでちゃっかり受け取っておく。あのシャーペンは学校の友達とおそろいで買ったもので他のもので代わりになんて出来ない。リュウジにも一度自慢したことがあったから大切なシャーペンと聞いてすぐにピンときたはずだ。リュウジ自身もこれが代わりになるとは思っていないだろう。それでもリュウジの気持ちが嬉しかったから突き放すような言葉を吐きながらも手を伸ばすと、リュウジもそれが分かったのかちょっとだけ表情を緩めた。

「ねえ、お願いだから泣き止んでよ」

眉をへの字にして懇願される。お願いされたって涙が勝手に出てきちゃうんだから仕方ないじゃないか。私だって本当はリュウジにこんな困った顔させたくないのに、涙の止め方をすっかり忘れてしまったみたいだ。まるで小さい子どものように涙を流す私に手を焼くお兄ちゃんのような顔をする。普段はリュウジの方が弟のようなのに。

「どうしたら泣き止んでくれる?」

頭の後ろに手が回ったかと思うと引き寄せられて、こつんとおでこがリュウジのおでことくっつけられた。突然距離が縮まったことにびっくりして目を見開くと歪んだ視界にリュウジのくっきりとした黒い目が映った。まっすぐ私を射抜く視線に耐えられなくて私はふいと視線を下に落とした。

が泣いてるの似合わないよ」

私はこんな風に人前でぼろぼろ泣く性質ではないし、どちらかというとうるさい方だからリュウジからしてみれば調子が狂ってしまうのかもしれない。自分でもこんな風にめそめそ泣いてるのは似合わないと思う。悲しいというよりはショックだったのだと思う。大切に使っていたのにまさか壊れるとは思っていなかったから。そして久しぶりに泣き出してしまったら涙の止め方を忘れてしまっただけなのだと思う。泣くのなんて本当にそれくらい久しぶりだったのだ。

リュウジは一度私の頭をぐしゃぐしゃとなでると、おでこを離した。

「女の子は笑顔が一番ってね」

そう言ってリュウジは右手の人差し指を頬に当てて笑顔を作って見せる。リュウジがおどけるときによくやるポーズだ。いつものリュウジの顔を見て私はなんだかほっとした。

「それ諺じゃないってば」

そう指摘するとリュウジは表情を崩した。リュウジは諺をよく引用するけれど、無理して難しい言葉を使おうとするからたまに使い方を間違えたり、諺じゃないのを言ったりする。今だって相当テンパってしまったのだろう。それは私でも諺じゃないとはっきり言える。

「やっと笑った」

リュウジは目を細めてやわらかく笑う。そう言われて自分の口元が上がっていたことに気が付いた。いつの間にか涙も止まっている。

は笑った顔の方がかわいいよ」

リュウジはさらりとさりげなく恥ずかしいことを言う。どうせ何も考えてないことは分かっているんだけれど、何故か心臓がドキドキしてしまった。

(2010.12.31)