委員会の仕事やっていたらすっかりグラウンドがオレンジ色に染まってしまった。頼まれた仕事をちょっとやるつもりだったのに、冬の日暮れは早くてあっという間に暗くなってしまうから面倒だ。早く帰らないとなぁと思いながら鞄を置きっぱなしだった教室へ早足で向かう。

「あれ?」

教室に入ると窓から二番目の列の席に誰かが机にうつ伏せになっていた。よくある、机で寝るときの体勢。窓の外から差す夕日の逆光で姿は影しか分からなかったけれど、その人物の座っている席には覚えがあった。

「ヒロト?」

そう声を掛けながら近付く。この赤い髪はどう考えてもヒロトのものだ。腕を枕にしている彼の顔を覗きこむとすーすーと寝息まで聞こえてきた。どうやらこんなところで熟睡しているらしい。そういえばヒロトは一度寝るとなかなか起きなかったなと思い出す。しかし、こんな誰が来るか知れない場所でヒロトが寝ているなんて珍しかった。授業中居眠りすることなんてないし、いつも寝るときは絶対に自分の部屋に行くのに。

「何でこんなところで寝てるの」

さらさらと流れる髪に触れる。うつ伏せになっていても耳の上の辺りの髪がぴょこんとはねているのがなんだか面白かった。毛先を軽く押さえつけては放し押さえつけては放しを繰り返すとひょこひょこと髪が揺れる。「ふふ」と笑いをこぼすと、もぞりと頭が動いた。

は何がしたいの」

頭は腕に乗せて横を向いた体勢で、緑色の瞳だけがこちらをじっと見ている。常々思ってることだけれど切れ長の目で見られると心臓に悪い。まるで悪いことをしていたときのようにドキリとする。独り言に近かった問いかけに答えが返ってきたのだから驚いて当然だと自分を落ち着かせる。

「ヒロト、起きてたの」
「うん、が来たときからね」
「うそ。私寝息ちゃんと確認したもん」

私がそれを指摘するとヒロトは眉を下げて「ばれた?」と言う。どうしてそんなすぐばれる嘘を吐くのか知れないけれど、ヒロトはよく寝たふりをしたりして驚かされることがあるからこういうことには注意するようにしていたのだ。

「でもがオレの髪を触り始めたころからは起きてたよ」

目が覚めたのに寝たふりをするなんてやっぱりヒロトは性格が悪い。すぐ起き上がればいいのに、そうやってこっそり見ているなんてずるい。最初に寝息を確認したきり油断してしまったのはこちらの失敗だったかもしれないけれど、すぐに起き上がってくれれば良かったのにそうしなかったのはやっぱりヒロトが悪い。

「オレの髪を触ってどうしたかったの?」

からかうように言う。どうしたいと聞かれても困る。ただヒロトが寝ていたからちょっといつも出来ないことをしてやろうと思っただけで深い意味などなかったのに。ヒロトをこんな風にじっくり見る機会なんてなかったものだから、もの珍しくて見てしまっただけだ。

「ヒロトの髪、好きだなぁと思って」
「どの辺が?」
「このぴょこってはねてる部分」
「うん?」

ヒロトの髪のはねてる部分を指差して言ったが、彼は何を言っているか分からないという風にきょとんとした表情をする。指差した部分をヒロトは見ることが出来ないのだから当然なのかもしれないが。

「ヒロトのこの髪すき」

そう言って再びヒロトの髪に手を伸ばそうとすると、その手首をヒロトが掴んだ。止められるのかなと思ったら、意外にもヒロトは自分から私の手を髪に触れされた。ヒロトのやわらかい髪の感触がした。

「いくらでも触っていいよ」

目を細めてヒロトは言う。まるで猫みたいだ。手のひらを動かして頭をなでてやるとますます猫のような表情をする。くしゃりとヒロトの髪が指の間に絡まった。私の目を見て逸らさないヒロトの顔がなんだか別人のもののような気がして、それ以上見れなくて顔ごと背けた。

「も、もう十分だからいい」

そう言って手を引くと、意外にもあっさりと手首が放された。ヒロトのことだからてっきり放してくれないかと思って少し力を入れて引いたものだから拍子抜けしてしまった。ヒロトは相変わらず目を細めて笑っている。私の行動が全部読めていたみたいだ。そう思うとなんだか悔しかった。

「どうしてこんなところで寝てたの?」
を待ってたんだ」
「それも嘘でしょ。ヒロトが先生に雑用頼まれてたの知ってるし」
は何でもお見通しなんだね」

そう言ってヒロトは立ち上がった。ガタリと椅子を引いた音とともにヒロトの目線が上がる。私よりも少しだけヒロトの方が背が高いから目を見ていたら自然と首を上に向けるようになる。少し前までは私の方が背が高かったのに。悔しいから今は少しだけヒロトの隣に並ぶのが嫌だった。私が少しむすっとした表情をしているとヒロトはきょとんとした顔をして机の横に掛けてあった鞄を手に取った。

「ヒロトがすぐばれる嘘ばっか吐くからでしょ」
は手厳しいなぁ」

私が咎めるような口調で言うと、ヒロトは頭を掻いた。困ってるような仕草だけど本当はこれっぽちも困ってないくせに。本当はこういうやりとりを楽しんでいるってこと、知ってる。ヒロトの手の上で転がされているようで、気に食わないのだけれど。

「さあ、そろそろ帰ろう。暗くなってしまうよ」

そう言ってヒロトはポンと私の肩を軽く叩く。その言葉に従うわけではないけれど帰りたいのはこちらも同じなので自分の席へ行って鞄を肩に掛けた。私がヒロトの隣に並んで歩き出すと彼はくすくすと笑い出す。何がそんなに面白いんだか分からないけれど、もう何か言うのも面倒くさくなってやめた。何を言ったってどうせヒロトは面白がるに決まってる。

結局ヒロトと一緒に帰ることになってしまったなぁと思いながら夕日に染まる教室を後にした。


(2010.12.29)