さん、そろそろ白状したらどうですか?」

そう言って春奈ちゃんは人差し指を立ててずいっと私に詰め寄った。女の子で部屋に集まっていた時だった。真ん中にお菓子を広げて、それぞれ持ち寄った飲み物を傍らに置いてお喋りしていた。それまでこの近くに新しく出来たケーキ屋さんの話をしていたのに。そこのチョコレートケーキがすごく美味しいっていう評判だから今度のお休みに皆で行ってみようよって話していた。

「白状するって何を…?」
「もうネタは上がっているんです」

そう言って春奈ちゃんはふふふと笑った。正直その笑顔が怖い。一体何を知っているというのか。実は私が噂の美味しいケーキを先にひとりで食べたことがあるとでも言うのだろうか。お買い物の帰りにこっそり寄ったのではないかと疑っているのだろうか。そんな抜け駆けみたいなことしないよ。そのときは絶対皆の分も買ってくるよ。

さんの想い人ですよ!結局バレンタインのとき教えてくれなかったじゃないですか」

そう言われて私は思い出す。確かにバレンタインのとき色恋の話になった。それぞれ好きな人はいないのかという話になって、そのとき私は曖昧な答えをしたのだった。

「どうして今バレンタインの話?」
「そのお店のバレンタインチョコがかわいくておいしいって評判になっていたことを今思い出したんです」

「もうすぐホワイトデーだしね」と秋ちゃんも同調する。これはバレンタインの話に移行してしまうのだろうか。バレンタインで惚れた腫れたの話になってしまうのだろうか。その場合標的は私に違いない。どうにかして話題をそらせないかと周りを見回すと冬花ちゃんと目が合った。彼女は一瞬きょとんとした表情を見せたあとにっこりと微笑んだ。

「バレンタインに作ったチョコのうち、ひとつだけ特別な包装があったよね」

まさか冬花ちゃんに見られているとは思わなかった。春奈ちゃんに見つかったら絶対言及されるだろうと分かっていたから特に注意していたのだけれど、そっちにばかり気を取られて冬花ちゃんに見つかるなんて私もまだまだだ。そして浮かれてひとつだけ特別な包装をしてしまった私も、バカだ。中身だって一番うまく焼けたクッキーを入れたりして。

「ここ一週間さんが何かを郵送した形跡はありませんでした。ということは相手はライオコット島にいることまでは確定してるんですよ」

さすが春奈ちゃん、元新聞部だ。まさかそこまでチェックされてるとは思わなかった。まぁ以前こういう風に女の子だけで集まってお喋りしているときに好きな人というか気になる人はいると言ったから春奈ちゃんは気になって仕方なかったのだろう。

「えっと、私は春奈ちゃんとかの話から聞きたいなー、なんて」

ごまかすためにそんなことを言ってみる。それでも春奈ちゃんは怯まなかった。

「一番最初に木野先輩が言ったじゃないですか」
「え、でも秋ちゃんは言わなくても見てれば分かる…」
「そこを本人の口から聞くのに意味があるんですよ」

それを言われてしまうと言葉に詰まるしかない。確かにその通りなのだ。秋ちゃんの話は聞いていてとても楽しかった。いくら秋ちゃんの言動がバレバレだったとしても彼女の口から話を聞くのはとても楽しかった。それをなかったことになんて出来ない。

「春奈ちゃん、言いたくないものをあまり無理矢理聞き出すのは…」

言葉に詰まってしまった私とずいずい詰め寄る春奈ちゃんの間に秋ちゃんが割り込んで春奈ちゃんをなだめた。

「…そう、ですよね。すみませんでした、さん」

春奈ちゃんにそんな顔をされるとこちらが何かものすごく悪いことをしている気分になる。春奈ちゃんのお兄さんがここにいたら私をすごい形相で睨みつけてきそうだ。

「明らかに好きな人がいるのが分かるのに話してくれないのが少しさみしくて」
「出来れば教えてほしいなぁ。私たちで協力出来ることがあるかもしれないし」

そう言って冬花ちゃんは視線を下げた。なんだかとっても悪いことをしてしまった気分だった。言うのが嫌なんじゃない。だけれどもこういう風に好きな人の話をすることが初めてで、少し恥ずかしかっただけだ。それで皆を悲しませてしまうのは不本意だった。

「ふ、」
「ふ?」
「不動くん…」

言ってしまってから少しだけ後悔した。顔がすごく熱い。どんな表情をしていいのか分からなくてひたすら俯いていた。

「この沈黙は何…?」
「えっと、ちょっと意外で」

そう言って秋ちゃんは苦笑して見せた。春奈ちゃんも予想外だったのか口を開けている。やっぱり意外なのだろうか。

「もっとこう、風丸さんとか豪炎寺さんとかヒロトさんとかを想像していたので」
「私は吹雪くんだと思ってたんだけど。はずれちゃったなぁ」

横から冬花ちゃんも口を出す。他人の目からは私は風丸くんや吹雪くんが好きなように見えるのだろうか。彼らとは普通に喋るけれども、そんなに特別視したことはなかったなぁと不思議に思っていると「ただイケメン枠だからそう思っただけで深い意味はないですよ」と春奈ちゃんが付け足した。

「不動さんってちょっと怖いじゃないですか。だから意外だったというか」

春奈ちゃんが正直に告白する。確かに不動くんはちょっと前まで鬼道くんたちと仲が悪かったから春奈ちゃんがそう思っても仕方ないと思う。私も最初の頃は不動くんは怖い人だと思っていたから反論は出来ない。私はただ小さく「不動くん本当はやさしいよ」とだけ言った。

「で、不動さんのどこが好きなんですか!いつ好きになったんですか!」

春奈ちゃんがいきいきと目を輝かせてエアーマイクをこちらへ向けてくる。やはりさすが元新聞部だ。こういうポーズも様になっているなぁと頭の片隅で感心する。

「だから気になるってだけで、まだ好きとは」
「チョコあげたのに?」

秋ちゃんにそう言われてしまうと弱い。秋ちゃんは本命チョコをちゃんと渡しているだけにちゃんと答えなきゃいけない気持ちになる。

「バレンタインのチョコだって普段のお礼なだけだし。不動くんにはいつも迷惑かけてるから」

これはある意味本当のことだ。そう言って渡した。マネージャー全員でチョコを作って、選手全員にそれぞれ渡した。だから何も言わなくても不動くんは義理チョコだと疑わなかっただろうけれども、つい言い訳のように口を出てしまったのだ。何か理由を付けて、絶対に受け取ってほしかった。『いらねーよ、んなもん』と言われるのが怖かったのかもしれない。そう言えば不動くんも受け取ってくれるかもしれないと思ったのだ。義理チョコだと言うことで逃げ道を作っていたのかもしれない。今思い出してもあのときの自分は必死すぎて少し恥ずかしくなる。

「じゃあ不動くんのことは好きじゃないの?」

冬花ちゃんは小首を傾げて私をじっと見つめる。私は言葉を詰まらせるしかなかった。やっぱり私は不動くんのことが好きなのだろうか。「素直になればいいのに」と冬花ちゃんが言う。そう考えると好きな人を好きと言える秋ちゃんなんかはすごい人なのだと思う。私なんか顔から火が出るんじゃないかってくらい熱くなって何も言えなくなってしまうのに。

「あ、そろそろ就寝時間が近いよ。皆そろそろ寝なきゃ!」

秋ちゃんの一声で春奈ちゃんも冬花ちゃんも立ち上がってバタバタと周りを片付け始める。いつの間にか時間が経っていたらしい。お喋りをしていると楽しくてあっという間に時間が経ってしまう。私も立ち上がって広げたお菓子や借りたクッションを片付けを手伝った。

「続きはまた今度」

お互いにおやすみを言い合って私と春奈ちゃんと冬花ちゃんは廊下へ出た。マネージャー三人の部屋は並んでいたのでそれぞれ自分の部屋に入っていく。秋ちゃんの部屋から一番遠い私が最後になる。明日のために早く寝なくてはと思いながらドアノブに手をかけたところで、マネージャーで付けている練習ノートを外に置きっ放しにしてしまった。それを思い出して私は青くなった。あれは毎日使っているもので当然明日もなくてはならない。確か昼間練習の最中に記入してそのままベンチかどこかに置いたままにした気がする。取りに行かなくてはと思い踵を返して玄関へ向かう。しかし角を曲がろうとしたところで誰かにぶつかりそうになった。

「っと、あぶねぇな。ちゃんと前見て歩け」

その声にびっくりして顔を上げるとすぐ近くに不動くんの顔があった。うっと息が詰まる。どうしてこんなところに不動くんがいるのだろう。どうしてこんなタイミングで不動くんに会ってしまうのだろう。ラッキーなのか、ついていないのか。

「ふ、不動くん!ごめんね」

さっきあんな話をしたばかりだろうか、不動くんの顔を直視出来なかった。普段はちゃんとお話出来るのに、今は変に意識してしまってダメだった。声を出したら全部裏返ってしまいそうな気がする。どもって、挙動不審になってしまいそうだった。

「こんな時間に外に出るのか?」

今いる場所が玄関のすぐ近くだったからだろうか、不動くんはそう聞いた。確かにこの先は玄関ぐらいしかないけれども、すぐに私が向かう場所が分かるなんてさすが不動くんだ。鬼道くんとダブル司令塔と言われるだけあってやはり頭の回転が早いのだろう。さすがだなぁ。「昼間ノートを外に忘れてきちゃったことを今思い出して」と説明すると不動くんは少し眉を顰めた。どうしてそんな大切なノートを忘れるんだと怒られてしまうだろうか。練習が終わってから随分経つのにそれまで思い出さなかったなんてバカだなと思われているのだろうか。役立たずマネージャーだと思われていたら悲しいなぁ。

「それ今すぐに必要なのか?」
「私個人のものじゃなくてチームのノートだし、朝露で濡れちゃったら困るから」

そうだ、困るから早く探しに行かなくてはならないのだった。早くしないと就寝時間になってしまう。「それじゃあおやすみ、不動くん」そう言って玄関の扉へ向かって歩き出すと後ろから足音が付いてきた。私は不思議に思って立ち止まり再び振り向いた。

「あれ、不動くんも外に何か用事?」

もしかして不動くんも私と同じように何か忘れ物をしてしまったことに気がついたのだろうか。不動くんでもそんなドジなことをするのだなと意外に思っているとふぃっと彼は顔を背けてしまった。

「お前こんな真っ暗な中ひとりでそのノート探すつもりか?」
「だって私の不注意が招いたことだし」

私が探さないで誰が探すというのだろう。明日使う物だからないと困るし、今すぐ探しに行かずにどうしようというのだ。

「あーもう!手伝ってやるって言ってんだよ!」

そう言って不動くんはバッと私の手を取った。手首を握られて引っ張られる。なんだ、これは。不動くんが手伝ってくれるなんて夢なんじゃないのか。本当の私は実はもうとっくに夢の中でノートも忘れていなくて、このあと目が覚めて『夢に不動くん出てきた。いい夢だったなー』と思うに違いないのだ。でも引っ張られる腕は少し強引で痛い。不動くんの表情は見えなくて、もしかしてやっぱり怒っているんじゃないかと思ったが、玄関を出たところで「足元気を付けろよ」とやさしい言葉をかけられる。

「不動くん、ありがとう」

不動くんはやさしい。言葉はぶっきらぼうだけれど、言動から不動くんがとてもやさしい人なのだと分かる。練習で疲れているだろうに、こんな夜遅くにマネージャーの捜し物に付き合ってくれる不動くんはお人好しだ。それを言ったらきっと不動くんは怒るだろうけど、私の目には不動くんはとてもとてもやさしい人間に映るのだ。そのやさしさに触れると胸がキュンとする。

やっぱり不動くんのこういうところが好きだなぁと思った。

2011.03.03