「そのシュシュかわいいね」

秋ちゃんのところへ行こうと小走りで向かっていたら後ろからそう声をかけられてびっくりしてしまった。振り向くと吹雪くんがにこにこと笑っていた。吹雪くんに褒められてしまった。私の性能のあまり良くない脳みそが理解すると同時に頭がパンクしてしまいそうなほど顔が熱くなった。

「あり、がとう…」

今日つけてきた白いシュシュは昨日お買い物に行ったときに一目惚れして買ったものだった。新しく買ったお気に入りのシュシュを褒められるのは嬉しい。それに何より吹雪くんに褒められたことが嬉しい。かわいいって褒められたのは私じゃなくてこの白いシュシュなのに、私自身がかわいいって言われたみたいで嬉しい。

「吹雪くんはお世辞がうまいね」

世渡り上手というか、女の子がよろこぶ言葉を知ってるというか。クラスの男の子はこんな風に女の子を褒めることをしないから、こうやって同学年の男の子に褒められるのは慣れていないから少しこそばゆい。

「吹雪くんがモテるの分かるなぁ」

私だってこんなにドキドキしちゃうんだもん。こんなかっこいいことさらっと言えちゃう吹雪くんのこと皆好きになっちゃうよ。吹雪くんすっごくかっこいいし、やさしいし、好きになっちゃう条件いっぱい揃ってるうえに、こんなこと言われちゃったら皆ころりとやられてしまうに違いない。きっと吹雪くんはこうやってファンの女の子を増やしてきたに違いない。

「こんなこと言うのちゃんにだけだよ?」
「またまた、吹雪くんはうそばっかり」

今のはわざとそういう言葉を選んでくれたんだと思う。こういうノリがいいところも好きだなぁ。本当に吹雪くんはモテ男だなぁ。こういう言葉どこで覚えてくるんだろう。ドラマとかかな。吹雪くんならドラマの主人公でもおかしくない。でもこういうこと言われると勘違いしちゃうからあんまりやらないでほしいな。すごく嬉しいんだけど。「本当だよ?」そう言って吹雪くんは首を少し傾けて笑顔を浮かべる。やっぱりこういう仕草ひとつひとつを取っても吹雪くんは他の人と違うように思えるのだ。今やってるドラマの相手役に似ている。こんな風にヒロインに笑顔を向けるシーンがあったなぁと思った。あのときのドラマのヒロインもこんな風にドキドキしていたのだろうか。

「やめてください。そんなこと言われたら私、期待しちゃいます…!」

わざと体をくねらせてドラマのヒロインに成り切って言うと吹雪くんが「ぶふっ!」と吹き出した。ちょっと演技に力が入りすぎたかもしれない。

ちゃんは、演技派だね」

吹雪くんはツボに入ってしまったのかひいひい笑いながら言う。吹雪くんがお腹を抱えてあまりにもおかしそうに笑うので、自分で言ったことなのになんだか面白くなってしまって私も一緒に笑った。吹雪くんがこんな風に爆笑するところは珍しいかもしれない。いつもにこにこと微笑んでいる顔はよく見るけれども、お腹を抱えてひぃひぃ笑うところは初めて見た。こうやって笑う吹雪くんはちょっとドラマのヒーローからはかけ離れているかもしれない。けれども、こんな吹雪くんと一緒にいるのは楽しい。一緒になって笑っていると吹雪くんがキリッとした表情でこちらを見た。顔に力が入ってるのが分かる。まるで風丸くんみたいな表情だなぁと思うとちょっと笑いそうになってしまった。

「僕が好きなのは、君だけだよ」

言い切ったあとすぐに吹雪くんはいつものようにふわりと笑うものだから、さっきのは演技だって分かってたはずなのに、本当に吹雪くんに告白されたような気分になってしまった。吹雪くんは私のことをって呼び捨てにしないし、いつもこんなに顔に力入ってない。演技だって絶対分かるのに。それでも、例え力が入っていたとしても顔は吹雪くんだし声も吹雪くんだからドキドキしてしまうのは仕方ないと思う。演技でも好きな人に好きって言われたら嬉しいよ。

「やっぱり吹雪くんの方が演技上手だよ」

なんとなく吹雪くんの顔が見れなくて、俯いて言う。これは完全に私の負けだ。やっぱり本気を出した吹雪くんには敵わない。

「ふふ、ちゃん顔真っ赤」

その言葉にびっくりして顔を上げると吹雪くんがくすくすと笑っている。「りんごみたいだ」そんなに真っ赤だろうか。確かにちょっと顔が熱いような気がするし、心臓もドキドキいっているけれども、そんなに真っ赤だと指摘されるほどだなんて。

「う、うそだ!」
「嘘じゃないよ。自分で分からない?」

分からないよ。吹雪くんはちょっと大げさに言い過ぎだと思う。私が今鏡がなくて自分の顔を確認出来ないのをいいことに、私をからかって遊んでいるんだ。きっと鏡を見たら全然そんなことないんだ。

「かわいいなぁ」

そう言って吹雪くんはふわりと笑った。吹雪くんの手がすっと伸びて私の髪に触れる。吹雪くんがやるとこんな動作もすごく自然だった。王子様って騒がれるのも分かる。本当に吹雪くんはドラマの主人公みたいだ。ヒロインが私じゃあ釣り合わないけれど。

「も、もう恋愛ドラマごっこはおしまい!」

こんなのいつまでも続けていたら私の心臓がもたない。ドキドキしすぎていつか破裂してしまう。自分から始めたくせに勝手に終わらせて、私はくるりと吹雪くんに背を向けた。そう言えば秋ちゃんのところに行こうと思っていたんだ。

「じゃあ私秋ちゃんに用事があるからじゃあね!」

顔を見られないように走りだす。秋ちゃんはどこにいるんだろう。というか、そもそも私は秋ちゃんに一体何の用事があったんだっけ?秋ちゃんのところに行くまでに思い出せればいいんだけど。これも全部全部吹雪くんのせいだ。

「こればっかりは本当なんだけどなぁ」

後ろの方で吹雪くんがそう呟いたのは聞こえないふりをした。

2011.03.16