「吹雪くん」

僕を呼ぶ声がして振り返る。そこには幼なじみのが立っていた。ちらちらと雪が僕の視界を邪魔した。僕は目を閉じて声を聞いた。彼女の声はしんしんと降る雪に染み込むようだった。雪が降り積もっているここは、まるで世界中でただふたりきりになったように静かだった。雪が音を吸い込んでいく。彼女の声も雪に吸い込まれて普段よりも小さかった。

「吹雪くん、今帰り?」
「うん、今日は練習ないんだ」

彼女は僕の隣に並んで歩いた。とは小さいころからよく遊んでいた。小学生低学年のころはよく一緒に広場でサッカーをしていたものだ。家が近所で僕たちが来るのが遅いと家まで迎えに来たりもしていた。はまるで僕たちのお姉さんのように振舞っていた。実際僕とは同い年だったのだけれど、それでも朝迎えに来てくれたり、ぼんやりしている僕の手を引いて歩いてくれたりした。

「吹雪くん?」

足を止めた僕を不審に思って彼女が振り返る。何でもないよ、今行くよと答えて僕は再び歩き出す。

はいつからか僕のことを“吹雪くん”と呼ぶようになった。ちいさい頃は“士郎くん”と呼んでいたはずなのに。中学に上がるころには今のように吹雪くんと呼ばれるようになった。その呼び変えはあまりにも自然で、僕の中にすっと入り込んできた。名字で呼ばれるようになっても不思議と距離が空いたようには感じなかった。は今まで通り親しげに話しかけてきたし、避けたりもしなかった。

僕は彼女が僕を呼ぶその声が好きだ。士郎くんと呼ばれるよりも僕はこっちの呼び方の方が好きだった。


 
彼女の名前を呼べば「なに?」と彼女がこちらを見る。きょとんとした顔でこちらを見る。彼女のその顔は幼い頃から何も変わっていないように思えた。髪型だって昔と違うし背だって伸びてるのに。

「もう一度、僕のこと呼んでくれるかな?」

おかしなことを言うと思われたかもしれない。こんな近くにいるのに、呼んでくれだなんて変だ。何言ってるのと笑われたっておかしくない。さっきまで散々呼んでいたじゃないかと拒否されるかもしれない。それでも今、もう一度聞きたかった。

「吹雪くん」

彼女の瞳がまっすぐ僕を捉える。しっかりと噛み締めるように発音する。そうして発音し終わったあと、一瞬間を置いてからへにゃりと彼女は笑った。彼女は僕がこう呼ばれることが好きなことをちゃんと知っているようだった。僕がそれに救われていることも。

「ありがとう」

僕がそう言うと彼女は「どういたしまして」と照れくさそうに笑った。僕も思わず笑い返す。

「さ、早く帰ろう!雪がひどくならないうちに」

そう言っては僕の両手を取って引っ張った。後ろ向きに数歩歩いてからくるりと回転し、前を向く。立ち止まっていたせいか、彼女の髪に雪が積もっていた。まるで白い髪飾りのようだった。

「待ってよ」と慌てて追いかけると彼女は「吹雪くん遅いよー」と僕に笑いかけた。

もう以前とは違う僕へ向けて