「あっ」
「えっ」

刺すようなオレンジ色の夕日が追いかけてくる中、私が校舎へ向かって歩いていると前からやってくる轟くんの姿が見えた。

「轟くん今帰り?」
「ああ」

彼から返ってきたのはいつもと同じ素っ気ない返事だったけれども、それでも私の心臓はドキドキとうるさいくらい鳴っていた。何か用事があるわけでもないのに、こうして話しかけられるようになったのはかなりの進歩だ。それに轟くんは言葉数は少ないけれど、意外にも私の何てことはない雑談でもきちんと聞いてくれていることに気付いたのも最近のことだ。

「結構遅くまで残ってたんだねぇ、お疲れ様」
「そっちは」
「ん?」
「そっちはどうした。もうすぐ完全下校の時間だろ」

話すとき轟くんはこちらの目をじっと見るからそれも心臓に悪い。前は私も轟くんと話すのに緊張して視線をあちこちに彷徨わせてばかりいたから気付かなかった。

今でも長時間目を合わせていると、恥ずかしくなってつい視線を逸らしてしまうのだけれど。

「わ、私は教室に忘れ物しちゃったのを一回部屋に帰ってから思い出して! 面倒だけど今日の予習で使いたいから取りに戻るところ」

あはは、と笑って頭を掻きながら言うと、轟くんが微かに眉根を寄せる。私が下校したのはもう随分と前で、こんな時間までそれに気付かないなんて間抜けなやつだと思われてしまっただろうか。

せっかく会ったのだからもう少しお喋りしたいとも思ったのだけれど、これ以上間抜けエピソードを晒す前にさっさと教室に行った方がいいだろう。そう思って『それじゃあまた明日』と別れの挨拶をしようとしたところで、轟くんが突然くるりと踵を返して元来た道を引き返し始めた。

「あれ、轟くん!?」

先ほど今帰るところだと言っていなかっただろうか。迷いなく校舎へ向かっていく轟くんを追って、私も一歩二歩と足を前に出す。

「どうしたの? どこ行くの?」
「忘れ物取り行くんだろ?」

「行かねぇのか」と問われて、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら「行く、けど……」とだけ答えると彼はまた前に向き直って歩き出してしまう。彼の行動についていけずにその場でぽかんと轟くん背中を見ていると、彼がこちらを振り返る。

「早くしないと校舎閉まんぞ」

なぜ私がついてこないのか分からないといった表情で轟くんがこちらを見ている。轟くんは今から帰るところで、校舎になんか用事はないはずなのに、なぜかそちらに戻ろうとしている。じわりと心の底からあたたかいものが溢れるような感覚がした。

もしも、これが勘違いだったら恥ずかしい。

「も、もしかして轟くんも一緒に行ってくれるの?」
「ああ」

それが当然のことのように彼が答えるので、じわり、じわりとまた心の中が満たされていく。轟くんがこちらを見ているのが分かる。でもそれをまっすぐに見つめ返す勇気がなくて、一度足元に視線を落とした。

「ありがとう! ちゃんと持って帰って、今日は予習頑張らなくちゃ!」

とん、といつもより勢いよく地面を蹴って彼の隣に並ぶ。どうして轟くんが私の忘れ物に付き合ってくれるのかは分からなかったけれど、轟くんが隣を歩いてくれることが嬉しかった。轟くんが前を向いていることを確認してから「ふふ」と小さく笑い声を落とすと、また彼は不思議そうにこちらを見るのだった。

2018.09.02