日が暮れた後。体育館の中では真ちゃんがまだ練習を続けているはずだ。私は体育館の外で壁に寄りかかって彼の練習が終わるのを一方的に待っていた。はぁと吐いた息が白い。
こうしてこっそり体育館の外で真ちゃんの練習する音を聞くのが好きだ。一度高尾くんにこうしているのを見つかったときは「先輩いるときはまずいかもしれないけどさ、真ちゃんとオレだけのときは自主練なんだし遠慮しないで入ってくればいいのにさー」と言われたけれどもゆるやかに首を横に振って断った。ここがいい。直接見えなくてもいい。
それに、見なくったって分かる。彼の手からボールが離れる音、それからいつも一定の時間を空けて、ボールがゴールネットを揺らす音、ボールが床を跳ねる音。見なくったって彼がどんなふうにシュートを放って、ボールがどんな軌道を描いてネットを揺らすのか想像出来る。真ちゃんがシュートを放つ、しばらくしてネットが揺れる、ボールが弾む音、一定のリズムが崩れることがない。何度も何度も繰り返されるその音が心地良い。
「こんなところで一体何をしている」
いつの間にか音が止んでいて、代わりに声が真上から降ってくる。首だけを上に向けると眉間にしわを寄せた真ちゃんがいた。
「んー、真ちゃんが練習してるの見てた」
「こちらに背を向けていただろう」
「見えるよー」
もう目に焼き付いている。目を閉じていたって真ちゃんがシュートを放つその姿は瞼の裏に何度だって再生される。何度もその姿を見たし、ボールの軌道は何度見たって同じ放物線を描いていた。真ちゃんの手から離れたボールはきれいに弧を描いて、まるで吸い込まれるようにネットをくぐる。
「ちゃんと見えてる。真ちゃんのシュートは落ちないもん」
にへらとだらしなく緩めた顔で言えば真ちゃんはまるで顔を隠すように眼鏡を押し上げる。
「当然だ」
そう言う真ちゃんの表情は見えない。見えないけど、分かる。真ちゃんは照れてる。いつも真ちゃんはこうだから。眼鏡で、その大きな手で顔を見えなくしてしまう。
「まだもう少し練習する。中に入って待っていろ」
それだけ言って真ちゃんは私に背を向けて戻っていく。顔だけ出して体育館の中を覗くと高尾くんがこちらを見ていて目があった。にかっと笑って口の動きだけで『よかったじゃん』と伝えてくるので小さくひらひらと手を振っておいた。体育館の中には真ちゃんと高尾くんのふたりだけだった。
中に入って入り口近くの隅っこにちょこんと座る。外よりマシとはいえ冷たい床におしりをつけると、ちょうど真ちゃんが私がいる方とは反対側のゴールに向かってシュートを打ったところだった。
真ちゃんのバスケはきれいだ。真ちゃんが一度シュートを打つと彼から目が離せなくなる。見なくったって真ちゃんがどんなフォームで打って、ボールがどんな軌道を描いて、どんな風にゴールをくぐるのか分かるのに、彼の姿を自然と目が追ってしまう。
私はこの見慣れた後ろ姿が好きだったりするのだ。これは、本人に伝えたことはないけれど。
「ふふ」
「何を笑っているのだよ」
笑いをこぼしたところを運悪く見られてしまった。「真ちゃんのシュートするとこ改めて見るとかっこいいなって」と少し茶化しながら言うと真ちゃんは「ふん」とまた眼鏡を押し上げる。これも照れ隠し。
「自主練は終わりだ。着替えてくる」
そう言って真ちゃんは体育館を出ていく。真ちゃんの後を追ってきた高尾くんが「あともうちょっとだけ待っててやって」と小声で私に言いながら前を横切る。そういえば真ちゃんに待っていろと言われていたのだったなぁと思い出す。一番最初に早く帰れと言われなかったあたり、少しだけ期待してもいいのかもしれない。
首に巻いたマフラーをしっかりと巻き直して立ち上がる。
もし私が真ちゃんに真っ正面から好きと伝えたら、彼はどんな顔をするだろう。さっきみたいに照れるのか、不機嫌そうな顔をするのか。それとも上手く意味が伝わらずきょとんとした顔をするのか。目を瞑っても思い浮かべることが出来ない。きっとこればっかりは現実で確かめるしか方法はないのだろう。
「真ちゃん、好き」
口に出した言葉は誰もいない体育館の中で白い息にすらならず、顔を埋めたマフラーの中に消えた。
2012.11.24
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