私は自分で思っている以上に彼、益田龍一が好きらしい。

らしい、というのは自分ではそんなつもりが全くないからだ。他人に指摘された言葉そのままである。当然これからもそんな予定はない。今まで私はそんなこと意識したことなどなかった。もちろん、益田龍一という人物は友人としては好きだ。彼は調子のいい青年で一緒にいて楽しい。時々調子に乗りすぎるが、多少うんざりしてもそれでも嫌いではない。どちらかと言えば好きなのだろう。だが繰り返し言うが、それは友人としてである。恋愛感情ではない。そんなものは皆無だ。そんな目で益田を見たことなどない。彼は友人として付き合うのは良いが、恋人としてどうかと言われれば首を捻るしかなかった。益田の性格は陽気で気持ちの良いものだが、あのお調子者を恋人にするにはどうかと思ったし、私と恋人として隣に並んでいる彼を想像することなどどう頑張っても出来なかった。完全に恋愛対象外だ。

「全然好きじゃないですよ」

もう一度私の心に聞いてみる。私は益田龍一のことが好きなのか。答えは否だった。ありえない。それなのに目の前にいる京極堂の主人は「君は益田くんのことが好きだろう」と妙に自信たっぷりに言うのだった。まるでそれが当然のことであるかのように。「考えられないですよ」私も自信を持って断言する。すると彼は「君は自分で思っている以上に彼のことを好いているよ」と決め付ける。そして最初の一文に戻る。

「何をどうしたらそういう結論に辿り着くのか説明してください」
「確かに僕も君は益田くんと特別親しい仲だと思うよ」
「関口さんまで!」
「客観的に見るとそういうことなのだよ」

私は照れ隠しでも何でもなく心の底から本心で、恋愛感情はないと思っている。それなのに自分で思っている以上に彼のことを好いているとはどういうことか。私の心は私が一番分かっているはずだ。というよりも、他人に理解出来るはずがない。だから自分で思っている以上に、も何もないはずなのだ。誤解されるような行動だってしていない。例えば益田に色目を使ったりだとか、しなを作ったりだとか。そんな気持ち悪いことをした覚えはない。そこをどうみたらそう捉えることが出来るのか、謎は深まるばかりだ。

「君は何かとつけてよく彼の話をするじゃあないか」
「そんなことないです」

そんなに言うほど話していないだろう。全く話題にしないとは言わない。益田は私達の共通の話題なのだから。それを言ったら榎木津さんだって同じ様に話題になるではないか。それなのに何故私が榎木津さんに惚れた腫れただのの話にはならないのだろうか。榎木津さんはまぁ性格は置いておいて、それ以外は容姿端麗学歴良し家柄良しで誰が惚れてもおかしくない人物なのに、何故益田なのか。私と彼の年齢が近いからか。それはおかしいではないか。それを指摘したが古書肆は冷静に返してきた。

「もちろんそれだけではないよ。君の彼に対する態度行動を総合的に判断した結果だ」
「勝手に判断しないでほしいです!」
「まぁそうカッカせず落ち着きたまえ。僕達はひとつの可能性を示しただけさ」
「可能性も何もありません!私は益田さんのことなんて…」

「僕がどうかしましたか」

知った声がした。関口さんの「益田くん、来てたのかい?」と言う言葉とともに振り返る。嗚呼、やはりそこには益田龍一その人がいた。いなくていいものを。苦々しく思った。いつもそうだ。いてほしくないときにばかり、彼は私の前に訪れる。

「僕が一体何ですって?さん」

いつものように、ニコニコともニヤニヤともヘラヘラともとれる笑顔を張り付けてこちらを見る。こっちの気も知らないで。その顔が憎らしい。私はこちらを真っ直ぐ純粋な疑問を持って見つめてくるその目から逃げるように視線をそらした。

「何でもないです!」

こんなにも心臓が早く鳴っているなんて嘘だ。ふたりが変なことを言うから。だから、それ以外の理由なんてないんだ。きっと、少し時間が経てば元に戻る。そう、明日なれば昨日と同じ様に彼と接せられる。一時的なものにすぎない。だって、そうじゃないと、気付いてしまう。そんなことないんだ、私が彼のことを好きだと自覚していなかっただけだなんて。言葉の端々から、ちょっとした態度から、そんな奥底の気持ちが透けて見えていたなんて。そんなこと、絶対にないんだ