仕事のあとに飲むお酒というのは格別だ。今日も仕事が終わっておいしい酒を飲むぞーと意気込んで入ったお店だったが、奥の一角がやけにうるさくて、その時点ですでに嫌な予感はしていた。店員さんに挨拶をしながらもやっぱり店を変えようかなと思っているうちに「じゃねーか」と聞き慣れた声が聞こえた。

ー!」

さらに、大きな声で名前を呼ばれ、そちらを見るとパーチェがブンブンと大きく手を振っていた。その隣にはデビトがいて目があった。そしてその隣には何やら黒いものが転がっている。

「ここで飲んでたの?」

嫌な予感が強まりしつつもふたりに近づくとパーチェとデビトが嫌な笑い方をした。にやーというかにやーというかとにかく良からぬことを考えている顔だ。せっかくだから一緒に飲もうかなと思っていたのだけれど一気に引腰になる。長年の付き合いからこういう顔をしているふたりに関わって碌なことにならないのは分かっていた。

、丁度いいところに!ルカを送ってやってよ!」

そう言ってパーチェが黒いものをバシバシ叩く。そこで私はやっとその黒い物体が机に突っ伏しているルカだということに気が付いた。彼の周りにグラスが倒れているところを見ると早くも潰れたといったところか。ルカがこんな早い時間から潰れるのも珍しい。いつもはペース配分はきちんとするのに。

「私もお酒飲みに来たんだけど」

ルカのことは心配だがそれはそれだ。私はお酒を飲みにこの店に入ったというのにまだ一口も飲んでいないうちから酔っぱらいの介抱をするなんて御免だった。

「酒なんていつでも飲めるだろ」
「そうそう、今度奢るからさ!」

そう言ってふたりがルカをぐいぐい押し付けてくる。ルカの背はデビトやパーチェほど大きくないとはいえ、立派な成人男性だ。私だけで支えるのは無理がある。ほとんどルカの体に押しつぶされそうになりながらもなんとか体勢を整える。

「じゃあよろしく」

最終的にデビトに店の外まで押し出されてしまった。こうなったらデビトもパーチェもルカを引き取ってくれないだろう。ルカを引きずりながら歩く私の前に立ってドアを開けてくれた親切な店員さんに「大丈夫ですか?」と声を掛けられるが「大丈夫大丈夫」と返す。本当は全然大丈夫じゃない。いつ私がルカの重さに耐え切れずにべしゃりと道に突っ伏すことになるか分かったもんじゃない。

この男を道に転がして別の店で飲むかとも思ったけれどもさすがにそれは可哀想だったのでやめた。私が以前酔いつぶれたときは何度かルカに介抱してもらった恩もある。

「ほら、歩いて」

そう言って肩を貸しながら邸までの道のりを歩く。幸い、ここから邸までの距離はそう遠くない。つらいけれどもギリギリ彼を支えながら歩けそうな距離だ。それが分かっていたからデビトとパーチェは私に押し付けたのだろう。今度絶対ふたりに高いお酒を奢らせると思いながら歩いているとルカが「ん」と声を漏らした。

「……
「なあにー?」
「すみません」

起きたのなら自分の足で歩いてほしいのだけれどルカは相変わらず私を押しつぶす勢いで寄りかかってくる。足元も覚束ないようでふらふらとしていて、気を抜くと私もろとも道路に倒れこんでしまいそうだった。

「なんでこんなになるまで飲んだの? 普段のルカからは考えられないね」
「お嬢様にこんな姿を見せるわけには……」
「私になら構わないんだ?」

自分からからかう口調で言ったくせに、その言葉に傷ついている。ルカの一番はお嬢様で、それは分かっていたはずなのに今さらだと思っているのに、心臓の辺りがズキズキと痛む。頭もぼんやりして、今日は一滴もお酒を入れていないのに酔っ払ったときのようになる。ルカが酒臭いから本当に酒気にあてられてしまったのかもしれない。

にはもう私のほとんどを知られていますから」
「幼馴染だしね」
「今さら繕う必要がありません」
「そうですか」
の隣が一番楽です」
「……そうですか」

少しだけ嬉しいと感じてしまった。隣が楽ならずっとそばにいればいいのにと思う。今さら言わないけれど。

「ありがとうございます」
「お礼は明日でいいから自分の足で歩いて」
「んー」

半分寝たような声のルカは何だか子どもっぽくて笑ってしまう。いつもは私に説教ばかりするくせにルカ自身は妙に子どもっぽいところがあるから憎めない。ルカは私のことを妹のように思っているだろうけれど、私はこっそりルカを年下のようだと思っている。さすがに弟だとは思ってないけれど、世話の焼ける子ども程度に思うことはよくある。

そんな風にこっそり笑っていたせいか、ルカが足を縺れさせたせいかバランスが崩れた。それなのにルカは相変わらず私に全体重を預けてくるものだからすぐに体勢を立て直せなかった。

「わ、ちょっと!」

一度バランスを崩したが最後、ルカの体重も合わさってそのまま道に倒れこんでしまう。とっさに受け身を取ったが、背中を打ち付けてそれなりに痛い。ルカは相変わらず私にのしかかっているものだから普段以上のダメージだ。私が背中を打ったというのに原因を作った彼は私のおかげで無傷だ。怪我がないのは良いことだけれども、納得はいかない。

「ルカー?」
「……」
「ルカちゃーん? 起きてー」

なんとかルカの下から上半身だけ抜け出す。もうこうなってしまったら私だけで彼を担ぐのは不可能だ。どうにかしてルカを起こさなくてはと、背中を叩こうとしてやめた。この体勢のまま吐かれては困る。非常に困る。

「ねえ、ルカ」

起きてと再度言いかけて、彼の腕が背中に回ったものだから私の言葉はそのまま引っ込んでしまった。ぎゅうとまるで子どもがするように抱きつかれる。

「もう少し、このままで……」

そう言ってルカは私の胸に顔を埋めた。ルカが何を考えているか分からずに私は固まるしかなかった。なんで私はルカに抱きつかれているのか。しかもこんな道の真ん中で。倒れながら。これについては考えても分かりそうにないから考えるのをやめた。ルカのこと分かっているつもりでも、本当は全然ルカの考えてることなんて分からない。

「吐かないでよ?」

彼からの返事はない。耳をすませば今度こそ寝息が聞こえた。こうなったら仕方がない。ここで邸へ帰るファミリーの誰かが通りかかるのを待つしかないだろう。明日はルカの奢りでお酒を飲もう。あとは甘いものも食べたいからそれも作ってもらおう。そんなことを考えながら私は中途半端に浮いたままだった右手をルカの頭の上に置いた。ルカ愛用の帽子は店に置いてきてしまったのかそこにはなく、やわらかい髪が指に絡まった。


2012.07.16