私はトレーニングルームのベンチに折紙くんと並んで座っていた。隣と言っても大きめのベンチで、私と彼の間は人ひとりは余裕で座れるほどの距離が空いているし、こういうことは特に珍しいことでもない。折紙くんは休憩中らしくドリンクを片手に持っている。

「折紙くんの能力ってすごいよね」

私が唐突に話しかけるとと折紙くんは驚いたような表情で私を見た。先程まで咥えていたストローも口から離れてしまっている。突然話しかけたものだから驚かせてしまったのだろうか。折紙くんの目はきれいな色をしているな、と普段じっくりと見れないものをここぞとばかりに観察する。しばらくそうして見つめ合っていると折紙くんはハッと気付いたように一瞬で視線をそらしてしまった。

「本当に色んな人に変身出来るの?」
「出来る、けど」
「声も変えられるの?」
「変えられる」
「へー、見てみたいなぁ」

折紙くんの能力は話には聞いていたけれども、実際に見たことはなかった。折紙くんの能力は擬態化で何でも変身出来るらしい。他のヒーローたちの能力は番組内を見れば分かるが、折紙くんのは見ることが出来ない。だからなんとなく、折紙くんの能力を知っているのは一部の特別な人という感じがしてちょっとだけ羨ましかったのだ。

「別に、いいけど」

折紙くんがそう言って立ち上がったのに私はびっくりした。正直ちょっとした世間話のつもりだったのだ。折紙くんの能力を間近で見たいのは本心だったのだけれどまさか、折紙くんが今この場で見せてくれるとは思ってもみなかった。でもよく考えてみれば特別な人じゃないと能力を見れないというのは私の勝手な想像でしかない。別に企業秘密ではないだろうから折紙くんとしては、ならやってやろうぐらいの気持ちでしかないのだろう。

「まずは何になればいい?」

そう言って折紙くんは私の返事を待つ。見てみたいと言ったものの誰になってもらおうとかそういう先のことは全く考えていなかった。本当に全く期待していなかったのだ。折紙くんが私のお願いを聞いてくれるなんていうことは。

「えっと、ワイルドタイガーは?」

私が言うと次の瞬間にはボフっと音がして折紙くんの姿はワイルドタイガーのものになっていた。それに私は感動する。「すごい!」と声を上げると目の前のワイルドタイガーは照れたような表情を浮かべた。

「じゃあ次ブルーローズちゃん!次スカイハイ!」

私がリクエストすると折紙くんは気前よく次々と変身してくれた。テンポよく折紙くんが変身してくれるのが楽しくて、私もどんどんリクエストしていく。と言っても、折紙くんも知っている人でないといけないのでお願いするのはヒーロー関係者ばかりだが。

女の子でも折紙くんよりも背の高い人でもおじさんでもどれもそっくりだ。折紙くんの能力って猫とか人間以外の生き物にも変身できたりするんだろうか。それ以外はどうだろう。例えば自動販売機とか無機物にもなれるのかな?

「バーナビーは?」

ヒーローの中で最後に残っていた名前を挙げると折紙くんはまたすぐに変身してくれる。折紙くんはやさしいなぁ。能力を使うことは折紙くんにとって造作もないことだろうけれども、私のためにいちいちお願いを聞いてくれる折紙くんはとてもやさしいと思うのだ。

「これでどうです」
「わぁ、そっくり!かっこいい!」

やっぱり折紙くんの能力はすごい。何に変身しても本物にしか見えない。声もバーナビーのものだし、背だって大きくなっているし、眼鏡もちゃんと本物のレンズだ。よく出来ている。同じヒーローで身近だからか喋り方まで一緒だ。

「やっぱりバーナビーはハンサムだよね。かっこいいかっこいい!」

私がそう言って褒めているとキーンという軽い音とともに光の中から折紙くんの姿が現れた。どうして変身やめちゃったのかなと疑問に思ったが、彼の表情がとても不機嫌そうなものだったから口をつぐんだ。眉間にしわを寄せて、怒っているように見える。精一杯褒めているつもりだったのだけれど、何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか。私の言い方がお世辞のようでわざとらしかった、とか。本当に折紙くんの能力がすごくて感心していたのだけれど、はしゃぎすぎて大げさなリアクションがわざとらしく見えたのかもしれない。もしくはうるさかったとか。折紙くんはうるさいのはあまり好きではなさそうだ。

「あ、えっと…」

折紙くんは私と目を合わせようとしない。口を開こうともしないし、やっぱり怒らせてしまったようだ。謝りたいけれど、原因が分からないまま謝ったら折紙くんはもっと怒らないだろうか。やっぱり興味本位で能力を見せてほしいなどと言うべきではなかった。

は、バーナビーみたいなのがタイプなの?」

そう言って折紙くんは顔を上げた。紫色の瞳が真っ直ぐに私の目を見据えている。反対に私は折紙くんの意図するとこが分からなくておそらく間抜けな表情をしたまま「え?」と聞き返してしまった。私がそう言った瞬間折紙くんの頬が一瞬で赤く染まった。

「ごめん!なんでもない、忘れて」

そう言って折紙くんはベンチに座り直すと再び視線を下げてしまった。気まずいのだろうか。猫背をもっと丸くして、縮こまっている。

「バーナビーはハンサムだとは思うけど別にタイプではないよ」

一応弁解しておく。バーナビーは一般的にはハンサムだと言われているし私自身もバーナビーはハンサムだと思うけれど、個人的に眼鏡はタイプではない。やっぱり騒ぎすぎたことが原因だったみたいだ。

「そっか…」

折紙くんはそう言って少しだけ笑った。折紙くんは下を向いていたから目元は前髪に隠れてしまって見えなかったけれど、口元が緩んだのだけはちゃんと見えた。折紙くんの機嫌が直ってくれたのなら良かった。怒ったままだったり、嫌われてしまったらそれはいやだ。

「うん、そうだよ」

私も相槌を打つ。そうしたらふたりとも話すことがなくなって、沈黙がやってきた。私が折紙くんの能力を話し出す前と同じだ。沈黙と言っても、折紙くんとは特に話題がなくてもたまたま隣に座ったりすることもあるので、彼が怒っていないと分かった今では特に気にはならなかった。先程見た折紙くんの擬態化の能力を思い出しながらやはり折紙サイクロンはすごいなぁと考えていると、突然隣の折紙くんが勢いよく立ち上がった。

「せ、拙者飲み物を買ってくるでござる!」

突然折紙くんが大きな声を出すものだから私は驚いた。口調もヒーローのときのものになっている。どうしたんだろうと思う間もなく折紙くんは駆け足で部屋を出ていってしまった。そんなに喉が渇いていたのだろうか。

ベンチに置きっぱなしになっていたドリンクを持ち上げるとまだ半分以上残っていた。

2011.06.19