「あなたも随分面倒くさい人を好きになったわね」
友人は私の作ってきたクッキーをぽりぽりとかじりながら言った。昼休み、私達のお気に入りの穴場スポットにはいつものように人気はなく、秘密の話だって出来た。
「よりにもよってあの、エルロック・ホームズとはねぇ」
語尾を伸ばして友人は苦笑する。
「確かに探偵としてクラスでも断トツで優秀だけど恋愛対象として彼のどこがいいのか私にはよく分からないわ」
「分からなくてもいいよ」
分かってしまったら困る。彼女が彼に恋をしてしまったら困る。私ではこの出来の良い親友に勝てる気がしない。ただでさえ彼を振り向かせることはかなり難しいと感じているというのに。
「それで、おまじないは効いてるの?」
私は曖昧に笑う。おまじないというのは私がここ数日巾着袋にいれて持ち歩いている小石のことだ。その石は半透明で陽に透かすときらきらと光る。たまたま入った骨董商で目についたのだけれど店主に遠い国では恋のおまじないによく効くと伝えられている石なのだと聞いて思わず購入してしまった。
「まぁそんな石ころで両思いになれたら誰も苦労しないわよね。でも、そんな非科学的なものを持ち歩くなんて全くあなたらしくないわ」
「そうね」
彼女の言う通りこんなおまじないなんて非科学的で意味がないことは分かっている。それでも願を掛けてしまうほど私の恋は見込みがないのだと。自覚していたけれども口に出して言うほど割り切れてはいなくてまた濁してしまう。彼女の言う通り、全く私らしくない。探偵として非科学的なものは信じず、論理的に物事を考えるように心がけてきたはずだったのに。
*
あまりにも私らしくないことをしすぎたからかもしれない。
「ない…!」
肌身離さず持っていたはずの石をなくしてしまった。巾着袋に入れてポケットの中に忍ばせていたのだけれど気が付くとポケットの中からなくなってしまっていた。何かの拍子に飛び出てしまったのだろうか。そう考えて今日歩いた道のりを辿ってみたけれどどこにもない。
落としたあとに転がった可能性も計算して探してみたけれどもどこにもない。誰かが拾ってしまったのだろうか。普通の石よりも少しだけ光っているから誰かが綺麗だと思って拾ってしまっても不思議ではない。だとしたらこうして床を這いつくばっていても意味はない。
「君は床に這いつくばって何をしているんだ?」
唐突に声を掛けられ見上げると、そこにいたのはエルロック・ホームズその人だった。まさかこんな放課後に彼と教室で鉢合わせるなんて思いもよらなかった。彼はいつも事件の捜査で忙しく、いつまでも学校に残っているはずがないと思っていた。
私が目を丸くさせている間に彼はツカツカと教室内に入り、私の隣にしゃがみ込んだ。
「君が探しているのはこれだろう?」
そう言って彼が掲げた手に合ったのは私の巾着袋だったものだからさらに驚いた。
「あっ……、どうして」
「どうして僕が君の探し物を知っているのか、か? それならば簡単だ。ここ数日君はこの石を肌身離さず持っていた。それが今は手元にない。少し見れば分かることだ。推理するまでもない。そしてこれを今僕が持っているのは、廊下に落ちているのを偶々見つけたからだ」
彼は私の手に巾着を乗せた。確かにおまじない石の重みが手にかかり確かに袋の中身が入っていることを示していた。
「ありがとう」
好きだ。私はこの人が好きだ。
「大切なものならばなくさないように気を付けたまえ」
優しさが見え隠れする。彼は事件に刺激を求めているなんて言われているけれども正義感が強くて優しい人でなくてはこうはなれないと思う。私が石をなくしたのが分かったとして、それを見つけて私の元へ届けてくれたのは彼の優しさからだ。
「……何がそんなにおかしい」
気が付くとくすくすと笑っていた。
「そんなに見つかって嬉しかったのか?」
言葉を出そうと思ったのだけれど、胸が詰まって上手く喋れなかった。肯定も否定も出来ずにただくすくすと笑っていた。そんな私を彼は不思議そうな目で見つめていた。
「ふふ、何でもないわ。ただ嬉しかったの」
「君はただ嬉しいだけでそんなに笑うのか。……意外だな」
「そう?」
こうしてホームズとふたりきりで話すことが出来たのだからもしかしたらこの石の効果はあったのかもしれない。なぜ私がこの石を持ち歩いているのか、なぜ見つかって嬉しいのか、もしもホームズに話したのなら彼はどんな表情をするだろうか。
「ねえ、一緒に帰らない?」
それでも、もう少しだけ、この非科学的なものの力を借りてもいいかもしれないと思ったのだ。
2014.12.31