帰り道、アパートの前の通りから自分の部屋の窓から明かりがこぼれているのを見て、朝寝坊をして慌てて出てきたせいで電気を消し忘れてしまったのだと思った。

部屋の前まで来て、鍵が掛かっていないのはおかしいと思ったが、きっとこれもひどく焦っていたせいだと思った。

部屋に入ると食べ物のいい匂いが漂ってきたあたりでこれは絶対に変だと気が付いた。

「ああ、。おかえりなさい」
「……どうしてあなたがここにいるの?」

そこには金髪の美少年がソファに腰掛けていた。彼の前にあるテーブルには豪華な料理が並んでいる。「ジョルノ」と呼びかければ彼はにっこりと綺麗な笑顔を作って応える。泥棒でなくて良かったとは思う。良かったとは思うが侵入者がいるのは事実だ。見知った相手ではあるが、本来ならば彼もこの部屋に勝手に入れないはずだった。

「どうやって鍵を開けたの?」
「どうやっても何もこの間もらった合鍵でですよ。もしかして覚えていないんですか?」

チャリと音を立てて彼の手の中から鍵が現れる。それは確かに私の部屋の鍵だった。けれども私とジョルノは合鍵を預け合うような仲ではなかったはずだ。少なくともまだ。彼曰く『僕が必死でを口説き落とそうとしている』関係、らしい。ジョルノが必死になっているところなんて見たこともないし、想像もつかないのだけれど。それでも何故か彼が私を気に入っていて、私が未だにそれに応えていないというのは本当だ。

「この間っていつ?」
「ぐでんぐでんに酔っ払ったあなたを僕が送り届けた日です」

確かに一週間ほど前、飲みすぎてジョルノに家まで送ってもらった。彼が言うのはきっとそのときのことだろう。もっとも、私が酔い潰れたのはその一回だけではなく、それまで何度も飲みすぎてはジョルノにお世話になっているからもしかしたらその前のことかもしれない。もしかしたらもしかしたら前々回かも。そんなにお酒に弱いわけではなく、飲みに出掛ける度に酔い潰れているわけでもないのに、何故か私が飲み過ぎた晩には彼はどこからともなく現れるのだ。そのおかげでジョルノには頭が上がらない部分がある。

「その節は大変ご迷惑を……」
「いいえ、構いませんよ。酔って甘えるあなたはとても可愛らしいので」

酔ったときの記憶が曖昧なのは厄介だ。まさか自分がそんなことをするとは思えない。思いたくないのだけれど、絶対ないと言い切る自信はない。酔って何をしたのか聞いてもジョルノはいつもはぐらかして具体的なことは何も教えてくれない。

「僕が毎回あなたのバッグの中から鍵を探し出すのが大変だとこぼしたら、それならばと予備の合鍵をくれたでしょう」

ジョルノはにこにこと綺麗な笑顔で言う。言われてみれば確かにそんなことがあったような記憶が微かにある。引き出しから合鍵を取り出して彼に預けたような預けなかったような。ジョルノが勝手に合鍵を作ったのではないかと疑ったが、その機会は今までいくらでもあった。その気ならば彼はもうとっくの昔に私の鍵を拝借しこっそり合鍵を作っているだろうからジョルノの言うことは本当なのだろう。おそらく私が自分でジョルノにあげると言って合鍵を手渡したのだ。

「ちなみにやっぱり返してと言ったら……?」
「これはもう僕のものですよ」

ジョルノは鍵を自分の手の中に隠してしまう。表情は相変わらずにこやかだったが、有無を言わせぬ迫力があった。こうなるともう彼から返してもらうのは難しいだろう。案外彼は頑固なのだ。

「それとも、本当に返してほしいんですか? 僕が合鍵を返してしまえばこうして夕ご飯を用意して待っていることも出来なくなりますが」

目の前ではおいしそうな匂いを漂わせた料理が食べられるのを待っている。くたくたに疲れて帰ったところに食事が用意されているのは正直ありがたい。私が反論出来ずにぐぅと唸れば、ジョルノはまた楽しそうに笑った。

「料理を温め直すのにはまだ少し時間が掛かる。先に着替えてシャワーを浴びてきてください」

このおいしそうな料理をジョルノはどうやって用意したのだろうか。まさか彼が手作りしたわけではないだろう。私が作るものよりもずっと立派だ。思わずお腹が鳴る。

「それとも一緒に入りますか?」

そう言ってジョルノは口元に手をやり、くすりと笑う。その仕草がひどく色っぽかった。

「な、何言ってるの! 入るわけないでしょ!」
「今さら恥ずかしがるような関係ではないでしょう?」

思わずジョルノの綺麗な顔面めがけて手近なクッションを投げつけたけれども、あっさりキャッチされてしまう。

「酔って家に着いた途端に吐いたあなたを介抱したのは誰でしたっけ? 汚れた床と服を綺麗にしたのは? 酔ってるくせにお風呂に入りたいと駄々をこねるあなたを介護したのは?」
「……本当にあのときはごめんなさい」

あれは前々回のことだっただろうか。朝起きてみるとジョルノが隣で寝ていたものだからひどく驚いた。何故か私はきちんとパジャマに着替えているし、体もさっぱりしている。それなのに反対側を向いて寝るジョルノの着ているシャツははだけていたものだから一瞬酔った私が彼を襲ってしまったのかと焦った。寝起きの彼に詰め寄れば、私のあまりの勢いに怖気付いたのか寝起きで頭が働かなかったのか、珍しくあったことを教えてくれた。そうして先のように散々な醜態を晒していたことを知り、私はさらに青くなったのだった。なるべく見ないように努力しましたからと言うジョルノの言葉は右から左へ抜けていった。目の前で吐いただけでもひどいのにそれを片付けさせ、さらには介護まで求めるなんて、今までで一番の醜態だった。ある意味、そちらの方が余程恥ずかしい。ジョルノは私が気にしているのを知っていて、そのときのことを未だにからかったり、脅しのタネとして使ってくる。

「冗談はさて置き。疲れているのでしょう? 早くシャワーを浴びてきてください。僕もいい加減空腹だ」
「……食後にドルチェも食べたい」
「そう言うと思って、買ってきました」

からかわれっぱなしが悔しくてわざと我儘を言ってみてもあっさりと返されてしまう。冷蔵庫の中を確認すると本当にドルチェが用意されていた。さすがジョルノ。「の考えることなんて簡単に想像がつきます」なんて言うのが憎らしいけれども、この待遇は至れり尽くせりである。しかもあの箱は私のお気に入りのお店のものだ。以前好きだと言ったのを覚えててくれたのだろうか。

「自分で言うのも何だけど、ジョルノは私を甘やかしすぎじゃない?」
「そんなことはありません。それに見返りも十分もらってますから」

急に距離が近付いたかと思えば、ちゅっと軽い音を立ててジョルノは私の額にキスを落とす。「ほら、可愛い」と、こぼすジョルノの表情はひどく眩しそうだ。へにゃりと表情を崩す彼を見ていると息が苦しくなる。

「ごちそうさまです」

からかわれている。そう分かっているのに、私は彼を押しのけて赤い顔を隠すようにバスルームへ向かうしかなかった。

2013.10.27