「あ、榎木津さん」

私がそう呟きに近い声を発すると彼はくるりと振り返ってその青い両眼で私を見据えた。色素の薄い髪が日に透けてキラキラ光って見える。私はその彼の動きに合わせて揺れる髪を視線で追いながら「こんにちは」と挨拶をした。しかし彼は私に挨拶を返す気配もなく、じっとこちらを見ていた。

「…何だ、そのにゃんこは」

そう言って彼は目を細めた。私を見ているようで見ていない。私の後ろに視えるものを視ているのだろう。そしてそれはきっと私の記憶の中の猫だ。

「そうなんですよ、聞いてください!榎木津さん猫好きですよね?」
「随分と小さい」
「まだほんの子猫なんですよ」

毛もまだふわふわで、私の手のひらの上で寝たりするんですよ、とても可愛いんですよと、つい弾んでしまう声で説明しようとする。私は彼にこの話をずっとしたかったのだ。その話をしたくて彼を探していたのだ。一方的に捲くし立ててしまったとしても仕方ないだろう。すると、探偵は私を見て、突如

「かわいい」

と言った。正確には私を見たのではない、私越しに視える記憶の子猫を見たのだ。分かっている、頭では分かっているのに、頬が勝手に熱を持っていく。目は私の方を向いているのだから勘違いしてしまうのも仕方ないと思った。否、かわいいと言う言葉ではなく、彼があまりにもやわらかく微笑んだからかもしれない。あまりにもやさしい目をして笑うから。それがいつも賑やかな探偵のイメージとそぐわなかったから。私はとても珍しいものを見た気がして、得した気分になったのだ。こんな榎木津さんは皆知らないのではないかと。もちろん私なんかが簡単に見れたのだから、付き合いの長い人には珍しくも何ともない表情なのだろうが。

「え、ええ。多分まだ生まれたばかりです」

私がそう言うと彼はいつもの顔に戻った。ああ惜しいと思った。きっと私は一瞬口惜しそうな顔をしてしまったに違いない。彼が少し怪訝な顔をして私を見返して「どうした?」と聞く。私は「何でもないです」と慌てて先程と同じ笑顔を張り付ける。

「で、その子にゃんこはどこにいるんだ?」
「私の家の近所にいるんです」
「よし、見に行こう」

そう言って彼は立ち上がった。そのついでに私の手を取って。私は慌てて立ち上がることになった。 ああ、手が。私は繋がれた手を見ながら走る。榎木津さんの歩幅は大きすぎて、私は小走りにならないとついていけない。

「えのきづ、さん」

確かに私はあなたに子猫を見せたくて会いにきたのだから、こうして向かうことは正しいのだけれど。けれどもこれでは、心臓が勝手に勘違いしてしまいます。