「ディオ! ディオ!!」

勢い良くドアを開けると「もう少しだけでも静かに入ってこれないのか?」とディオが読んでいた本から顔を上げずに言う。誰が来たかなんて目で見て確認するまでもないということだろう。淑女らしくない行動に小言は言うけれども、彼がそれほど気に留めていないことは分かっているから私も無視をして話を続ける。

「この間のパーティーで踊ったって本当?!」
「なんだ、そんなことか」
「『そんなこと』じゃないわ! 私が何度誘ったって断るくせに!」
「あのとき君は風邪で寝込んでパーティーを欠席していただろうが」

だからこそ怒っているのだ。そもそもディオとパーティーで一緒になることが珍しいのに、その数少ない機会に何度誘っても断られてしまう。そういう気分じゃないとか、するりと無視をして別の方とお話していたりとか。それなのに、この間はパーティーの主催の娘と一曲踊ったという。彼女と私は面識がないのだけれど、たまたまそのパーティーに行っていた知人曰く、私たちと同じ年頃で、可憐な女の子だという。

「そうだけど……」

そうじゃない。もしディオが主催の娘にダンスを誘われて断るわけがない。それは分かっているけれども、私はその場を見たわけじゃないから、ディオがどんなふうだったのか知らない。人に聞いたって皆私に気を遣いながらも『まんざらではなさそうだった』と答えるのだ。ディオは表面上はにこにこと人当たりの良さそうな顔をして相手をしていたのだろう。それが簡単に想像出来て、私の心をもやもやさせる。

「私が熱で苦しんでいるときにディオはダンスを楽しんでいたのね」
「おいおい、君が風邪を引いたのは僕のせいじゃあないだろう?」

風邪を引いてしまったのが本当に悔やまれる。自分の目で見ていればディオの本心も分かっただろうし、こんなにもやもやすることもなかっただろう。そもそもディオはパーティーに出席しても誰か特定の女性を相手にすることはないのに、どうして今回に限って。本当にその女の子を気に入ったんじゃないか。そんな不安ばかりが頭の中をぐるぐると回って、怖くなる。もし、ディオは次同じように彼女から誘われたらまた踊るのだろうか。もし、その場に私がいたとしたら――

「じゃあ今踊るか?」
「えっ?」

パタンと本を閉じてディオが視線を上げる。先ほどまでこちらの興味なさそうにしていたのに、急に立ち上がりこちらへ近づいてくる。じっとこちらの目を見詰めてきて逸らさない。ディオの瞳は燃える炎のように強い光を宿していて、まるで金縛りに掛けられたかのように体は動かなかった。一歩一歩距離を詰める彼から逃げられない。

「ちょ、ちょっと待って、ディオ!」
「君が僕と踊りたいって言ったんだろ?」

すっと腰を引き寄せられて、しっかりとホールドされてしまう。確かにずっとディオと踊りたかった。でも、半ば断られることに慣れてしまって、こんな展開は想像していなかった。反射的に両腕でディオの胸を押したけれども、それくらいでは彼はびくともしない。ディオが一歩踏み出すとそれに引きづられるように私も滑稽なステップを踏む。

「い、今じゃない!」

私が必死でそれだけ言うとディオは私の顔を眺めたあと「フン」と鼻を鳴らした。それと同時に腰に回された手も解かれた。ディオが離れたというのに未だ私の心臓はドキドキと大きな音を立てて治らない。私から言い出したくせにこんなことを言ってディオは怒っているのではないかと、恐る恐る顔を上げた先には予想外にもディオの楽しそうな表情があった。

「じゃあ次に僕がパーティーで踊りたくなるそのときまで待つことだな」

私はディオに翻弄されてばかりだ。

2016.01.31