千早くんとチューしたい!!
「……ムードとかないんですか?」
 私の言葉に千早くんはずり落ちた眼鏡を直しながら言う。いくら呆れたような声で言われても今日の私はめげない。
「ムードとか作ったって無視してくるじゃん!」
「あれでムード作ってるつもりでしたか……」
 恋人同士がふたりきりになったらもうそういうムードでしょ!?
「私たち付き合ってるんだよね!? カレカノだよね!? だったらそろそろチューぐらいしても良いんじゃない!?」
 私が告白して付き合い始めてから三ヶ月が経っている。千早くんが部活で忙しいのもあって、恋人らしいことが出来る時間はあまり多くなかったが、それでも三ヶ月経っているのである。亀の歩みほどの速度だったとしてもそろそろ次のステップに進んでいいはずだ。
「ほら! 早く! 今すぐ!」
「この空気でキス出来る人がいたら見てみたいですね」
「シュンピーはやっぱり私のこと好きじゃないんだ!」
「……本当になんで付き合ってるんでしょうね」
「……!?」
 そう言って彼は眼鏡を上げてため息を吐いた。そこは『好きだよ』と言うところでしょう!?
 もしかして千早くんマジでなんかの勢いで私の告白に『うん』と言ってしまった? 好きだと口に出して言うのは私だけ。手を繋ぎたいとお願いしたのも私から。放課後一緒に帰ろうと誘うのも私。休日デートも私……。
 ――冷静になってよく考えたらやっぱり好きじゃないから別れるなんて言われてしまうのでは。
 千早くんのため息が聞こえる。名前を呼ばれて顔を上げると、思ったより近くに彼の顔があって驚いた。
「今日のところはこれで」
 彼の顔が近付いて、おでこに何かが触れる。それが離れると、千早くんがこちらを覗き込んでにま〜っと笑った。
「ちはやくん……!?」
 顔が真っ赤になっている自覚はある。千早くんのことが好きだという気持ちが胸の奥から溢れてくる。今すぐ彼に抱きつきたくなる気持ちをぐっと押さえ込んだ。
「これはこれで嬉しいけど! 私がしてほしかったのはでこチューじゃなーい!!」
「ええ〜……」
 そう言って彼は眉を下げる。面倒くさいと顔に書いてあるけれど、多分嫌われてはない、はず。嫌いだったり、何とも思っていない相手に千早くんはでこチューなんてしない。それくらいは私にだって分かるのだ。

2024.04.18