ぼんやりと、廊下を歩いていたのが悪かったのだと思う。

外から何やら騒がしい声がして、一体何だろうとふらふらと体を傾けてしまったのがいけなかった。前を見ていなかったせいで、肩にドンと大きな衝撃があって、それに耐え切れずに私の体は後ろに傾いた。

「きゃ!」
「ああ!?」

ぺちゃりと尻もちをついて、上から聞こえてきた声にもう一度何かにぶつかったかのように心臓がドッと大きく鳴った。床に打ちつけたお尻がズキズキと痛むのはもう一瞬で忘れてしまった。

「ばばば爆豪くん!」
「いってーな」

チッと大きな舌打ちの音と、ものすごく目付きの悪い顔がこちらを睨む。普段の爆豪くんも愛想が良いわけではないけれども、こういうときの彼の表情は迫力があって思わず首を竦める。

「どこ目付けて歩いてんだァ!?」

まったくもってその通りなので言い訳のしようがない。爆豪くんはいつものように廊下をまっすぐ歩いていただろうし、それにふらふらと寄っていってぶつかったのは私の方であることは間違いないのだ。

爆豪くんの大きな声に驚いて周りの視線がこちらへ集まるのが分かった。

「ごめんね! ちょっとぼんやりしてて」

誤魔化すように笑いながら謝ると爆豪くんの眉間の皺がさらに深くなる。ぶつかっておきながら笑うだなんて謝罪に誠意がないとさらに不愉快にさせてしまったのかもしれない。

窓の外からは大きな笑い声が聞こえる。私が気を取られた声も何かあったとかではなくて、きっと友達同士遊んでいた声だったのだろう。

「チッ」

もう一度盛大な舌打ちの音。今度はさっきよりもずっとはっきり聞こえた。爆豪くんとはもっと仲良くなりたいのに、いつも私は彼を苛つかせてしまう。

「いつまでそうしてんだよ」

そう言って爆豪くんが屈み込む。急に近くなった距離に「えっ」と私が間抜けな声を上げている間に、爆豪くんは私の二の腕を掴んでぐいと上に引っ張りあげる。私が立ち上がるのに手を貸してくれたのだと気付いたのは両方の足の裏がしっかり床に付いたあとだった。

隣に立つと当たり前だけど床に座り込んでいたときよりも爆豪くんの顔が近い。さっきはこの世で一番不機嫌で凶悪そうな目付きをしていると思ったけれど、近くでよく見ると眉間の皺はそんなにひどくないように思えた。顔を逸らしていた爆豪くんがふいにこちらへ視線を向ける。目が合うと、ドキリと心臓が鳴って、今さらになって爆豪くんとのありえない近さに気が付いた。

「ふらふらしてんじゃねーよ、バーカ!」

至近距離での大きな声に思わず目を瞑る。そうしている間に、私の腕を掴んだままだった爆豪くんの手が離れる。あっと思っている間に彼はまたズンズンと廊下を進んでいってしまった。まっすぐ勢いよく歩く彼を周りの生徒が避けていく。

まだ助け起こしてもらったお礼も言えてなかったのに。


2018.09.02