そのガラスの向こうはキラキラとして、まるで、夢の世界を見ているような気分だった。


 思わずブティックの前で足を止めてしまった。ショーウィンドウの中には新作のワンピースが飾られていた。
 ふわりと広がった裾はかわいらしく、やわらかな色が目を惹きつける。上品なデザインのそのワンピースは、思わずほぅと溜息が出てしまうほど素敵だった。

「――あなたもこういうものに興味があるんですね」

 不意に後ろから声を掛けられて我に返る。
 今はビートくんとポプラさんのお使いの途中なのだった。ぼうっと立ち止まっている場合ではなかったのだ。

 ビートくんが新しいジムリーダーとして挨拶も兼ねてナックルシティにいるポプラさんの古い知人の方のところへ届け物をしてくるようにと言い渡されたのが昨日のこと。それに、何故か私が手土産選定係りとして同行することになった。
 曰く、私の方がセンスの良い土産を選びそうだからということだったが、私からしてみればそんな風に言われるほどの自信も心当たりも全くなかった。ビートくんだって十分センスの良いものを選びそうだから大丈夫ではないかと進言したのだけれど、ポプラさんはそれをあっさり却下して、いいからふたりで行ってくるように命じたのだった。

 久しぶりに都会まで出てきてどこか浮かれ気分だったのだろう。それをビートくんに気付かれてしまったのも恥ずかしかった。
 先方との約束の時間もあるし、ぼんやりしている場合ではないのだと叱られる前に振り返る。

「ごめん、行こう」
「こういうのが好きなんですか?」

 謝って先に進もうとしたのだけれど、彼はなおも同じ話題を続けようとする。ビートくんにしては珍しい。私が洋服に興味を示していたのが彼にとって意外だったのかもしれない。

「そんな服を買ったってあなたには着ていく場所がないでしょう?」
「それは、そうなんだけど……」

 そんなこと、言われなくたって分かっている。

 ビートくんはジムリーダーだからきちんとした服を着ていく機会もあるだろうし、こういう綺麗な服を着た女性を見る機会もあるのだろうけれど。

 そう思うと今の自分の格好はビートくんの目にどう見えているのだろうと、急にそのことばかりが気になった。ビートくんとお出掛けだから、いつもより気合いの入った格好をしてきたのだけれど、それもあまり意味のないことだったかもしれない。

「自分が着たいとか、ほしいと思ってたわけじゃなくて、あまりにも素敵なワンピースだったから思わず足が止まってしまったというか」

 二人組の女の子が店の中から出てくる。その手にはショップの袋が下げられている。にこにこと笑顔で楽しそうにお喋りしている彼女たちに羨望の思いがないと言えば嘘になる。

「私にはきっと似合わないだろうし」

 言葉にしてしまうとより一切惨めな気分になるようだった。
 新作ワンピースを素敵に着こなす女の子になれたら良かったのに。

「残念だけど、きっと値段も私の今のお財布じゃあ買えないだろうし!」

 一瞬降りた暗い気持ちを振り払うように大きな声で言う。
 あの子たちは今日のためにお小遣いを貯めてきているのだ。あの素敵なワンピースは、私が思い付きで買ってはいけないトクベツなものなのだ。

「それよりも! せっかくだからこの間テレビで特集されてたスイーツ店でケーキを買って帰った方が良いよね。ポプラさんたちと一緒に食べよう!」

 この話はおしまいと言うように、ビートくんの腕を引っ張る。けれども彼は動かなかった。

「あなたに似合わないとは思いませんけど」

 その一言で、心臓が止まってしまうかと思った。

 口元に手を当てて思案するようにビートくんが言う。じっと彼の視線が全身に注がれているのが分かって落ち着かない。ビートくんの頭の中にあのワンピースを着た私がいるのだと思うと、何故だか急に恥ずかしくなった。

「ああ、でも今日の服も――」

 そこで不意に彼の言葉が途切れた。
 不思議に思って顔を覗き込むと、彼はびっくりしたように目を丸くさせてから勢いよく顔を背けた。

「今日の服も?」
「な、何でもありません!」

 そう言って彼は誤魔化す。絶対何か言い掛けたのに。彼の視線を追いかけるように回り込んだのだけれど、ぐるりと回って逃げられてしまう。

「ああ、もう! 行きますよ!」
「待って、私どこかおかしい!? 田舎くさい?」
「誰もそんなことは言ってない!」

 被害妄想もいい加減にしてくださいと言われてしまっては黙るしかない。
 でも、彼の言葉に心の奥底がじわりとあたたかくなるような心地がした。

 ビートくんは私のネガティブな言葉たちを否定してくれた。

 ちゃんと褒められた訳ではないのに、単純な私はそれだけで口元がゆるんでしまう。
 きっと途切れた彼の言葉の先は――

「ほら、今日のあなたの役目を忘れたんですか? 手土産を選ぶんでしょう?」
「そうだった! この間特集されてたお菓子屋さんがこの辺りにあって――」

 話題が変わったことに、彼はほっとしたような表情をした。ビートくんの隣に並んで、大通りを歩いていく。

 お気に入りのスカートの裾がひらりと舞った。

2020.01.24