会社の飲み会の帰りだった。最近大きな取引が決まったこともあり、部長も課長も先輩も後輩も誰も彼も機嫌が良かった。もちろん私も気持ち良くお酒をしこたま飲んだ。
 だから酔い潰れた先輩の介抱だって少しくらいなら気前良くやってあげるのだ。

「う〜〜」
「ほら、しっかりしてください」

 公園のベンチに座って休みながらぺしぺしと隣に座る彼を叩く。すっかり酔っ払ってしまってダメだなこれは、と思っていると、ふと目の前に影が差した。

「こんな夜に男とふたりきりの君と会うとはね。彼氏かい?」

 顔を上げると吸血鬼Y談おじさん――私は偽名のユザワさんで呼んでいる――が立っていた。
 いつも私が勝手に彼を探して新横浜の街を徘徊しているだけなのだけれど、今日は会社の飲み会で彼に会えないと思っていた。だから予想外の出会いに心が浮き足立った。しかも彼の方から声を掛けてくれるなんて、今まで一度もなかった!
 挨拶を返そうとしてユザワさんの顔に表情がないことに気が付いた。

「最近見ないと思っていたら男が出来ていたとは意外だったよ。いや、大いに結構」

 男? そういえば先ほどユザワさんは『彼氏』と言わなかったか? 誰が?

「しかしかわいい彼女を残して酔い潰れてしまうなんて些か情けなくはないかね? 君ならもう少しマシな男を選ぶと思っていたよ」

 そう言って彼が私の隣に座る男に視線を向ける。心底軽蔑するかのような冷たい視線。
 なぜユザワさんがこんなことを言うのか全く理解が追いつかない。

「この人ただの会社の同僚ですけど……」

 とりあえずそれだけを伝えると、ユザワさんは私に視線を戻して、まるで驚いたかのように目を丸くさせた。

「今同期が水買いに行ってて、その間だけ見ていてほしいって……第一私がこんな大柄な男性ひとりで運べるわけないじゃないですか」

 ぱちり、ぱちりと彼が瞬きをする。

「あっ、そう」

 素っ気なくそれだけ言うと彼は視線を逸らす。
 とにかく何か言わなくてはと私が口を開こうとしたちょうどそのとき、同期が自販機から帰ってきた。

「水買ってきた。あれ、知り合い? じゃ、俺これ送ってくから、お疲れ様」
「お疲れ様でーす」

 何かを察したのか私とユザワさんを交互に見たあと、手短に挨拶を交わして同期が先輩に肩を貸して夜の新横浜の中へ去っていく。それをひとしきり見送ってから、未だ私の前に立ったままでいるユザワさんへ目を向ける。

「ユザワさん、さっきの言葉って……」
「私が何が言ったかな?」

 表情を顔を出さないようにしているのか強張った顔のまま彼が言う。そこからは彼の心中は窺えない。でも、いつもにっこりと笑った顔を貼り付けている彼の表情がこうして強張ること自体が答えであるような気がした。
 ベンチに座っている私たちを見なかったことにすることも出来たはずなのに。そこに隠されたものはただ私を心配してくれたものなのか、それとも――

「私、少し酔いを覚ましたい気分なんですよね。付き合ってくれますか」
「君、全然酔ってないだろう」
「そういう気分なんです」

 少しだけ、期待してしまう。
 いつものように彼の腕を取る。いつもより彼がすんなり私についてきてくれたような気がした。

2021.11.29