好きなひとのお家にお呼ばれした。

「これから鍋パするんだけど、来る?」

 その一言を聞いて、一瞬のうちに今の時間だとか、自分の化粧が崩れてないかとか、明日の仕事の予定だとか、今日の自分の下着だとかまで思いを巡らせ、しかしどんなことがあっても『イエス』以外の選択肢がないという結論に至った。

「おーい、急に固まってどうした? 電池切れ?」
「行く! 行きます!!」

 私が勢いよく返事をすると、彼は怪訝そうな顔でこちらを見た。その視線に気付かなかったふりをしてズンズン歩き出すと、彼もその隣に並んだ。
 お家に呼ばれたと言っても、彼が住んでるのはホラーホスピタルの宿直室だ。だからあんまり家という感じはしないし、皆もいるから私が期待するようなことは起こらないと分かっていた。
 けれども、部屋の扉を開けると中には誰もいなかったものだから驚いた。

「あれ? お兄さんたちは?」
「今日はいないよ」

 てっきりお兄さんたちも鍋パーティーにお呼ばれされているものだと思っていた。何だかんだ仲の良い兄弟だし、前に彼らと鍋パしたという話も聞いていたから、勝手にその輪の中に自分が入れてもらうのだと思っていた。でも、確かに兄弟と鍋パするとは言われていない。トオルくんにだって、兄弟以外の交友関係はあるのだから、おかしなことではない。

「あっちゃんは?」
「あー、いないね」

 そう言ってトオルくんはガスコンロをこたつの上に置き、鍋の準備を着々と進めていく。具材は全部切ってあるものを買ったから、鍋に入れたらすぐ完成だ。

「あ、そうなんだ」

 あっちゃんまでいないのは完全に想定外だった。いないってどこに行ったのだろう。この部屋にいないだけで、病院のどこかにいるに違いない。早く戻ってきてくれると良いのだけれど。

「とりあえず座りなよ」

 促されて、彼の向かいに腰を下ろした。その動きもぎこちなかった自覚はある。さっきまで外でふたり並んで歩いていたのとは違う緊張がある。“ふたりきり”であるのは同じはずなのに。他人の目がないのが違うのだろうか。
 普通に座ったはずなのに、足の収まりが悪いような気がしてもぞもぞ動く。

「あのさ」

 その声に顔を上げると、彼がすぐ隣まで移動してきていたから驚いた。思わず背中を反らして距離を取る。こんなに距離が近くなったのは初めてだった。心臓が耳の隣にあるのではないかと思うほど、バクバクとうるさく鳴っている。

「さすがにそこまで意識されるとやりづらいっていうか……。いや、意識してくれてるのは嬉しいんだけど」

 トオルくんが床に着いた手が指先に触れる。
 でも、だって、これで意識するなと言う方が無理だ。次の言葉を待っていると、ごくりと彼の喉仏が上下に動くのが見えた。

2023.01.15