「おつかれ」

 話かけてきた声に自席でパンにかぶりつきつつ、スマホから視線を外すと後ろに同僚のサギョウが立っていた。

「それ、昼飯?」

 そう言ってサギョウが私の食べていたパンを指差す。それに黙って頷きで返す。口に物が入っているのだから仕方がない。
 それは何の変哲もないコンビニのパンだ。もう三日同じパンを食べている。残業や張り込みのせいで食事はパン、おにぎり、パン、パン、カップ麺、おにぎり……三食コンビニ飯の勢いだった。いや、コンビニのごはんもとてもおいしいのだけれど、たまには違うものも食べたいというか。

「たまにはおしゃれなレストランでおいしいごはんとか食べたーい!」
「行けば?」
「ひとりでは行きにくいじゃん!」

 ぽーいとスマホをテーブルに放って、椅子の背もたれに寄りかかる。
 そんなときに誘える彼氏がいたらいいのになぁ!と声には出さず視線だけサギョウに向ける。これがイマイチ脈がないのだ。気の合う同僚だとかそういうものから一歩抜け出す気配がない。だから、このときの私はどうやってここから自然に誘うかということばかり考えていた。大抵あんまり上手くいかない。

「……一緒に行ってやってもいいけど」

 その言葉に驚いて思わずサギョウの顔を凝視してしまった。

「マジ?」
「嘘ついてどうすんだよ」

 あんまり私が見過ぎたせいか、彼がふいと視線を逸らす。ちょっと照れてるのかわいい。
 まさかサギョウから誘ってもらえるとは思わなかった。嬉しさで口元がゆるむ。ちょっと顔も熱い。彼がこちらを見ていなくて良かった。

「で、その店どこにあんの?」
「神奈川」
「どこだよ」
「みなとみらい」
「ゲエー!」

 新横浜内だとでも思っていたのか。新横浜のお店だったらもうちょっと気軽に誰か誘って行っている。

「バカ高いとこじゃないよな!?」
「そういう感じのお店じゃないよ」

 デートにぴったりという触れ込みで、カップルだらけだと思うけど。――そのことはあえて黙っておいた。今さら断られたらショックで立ち直れなくなる。
 でも、ふたりきりで食事に行くんだから少しくらいは期待したっていいのかも。

「約束、だからね!」

 そう強めに言うと、彼が視線を逸らしながら「分かったよ」と答える。言質は取った。
 私は残りのパンを齧りながら、ふふと小さく笑い声を漏らす。その日が来るのが楽しみで仕方なかった。

2021.11.03