私は恋をしてはいけないのに、その人を好きになってしまった。

「そんな顔をするならさ、想いを伝えてしまえばいいのに」

 私にホットティーを出しながら、ドラルクさんが藪から棒に言う。

「そんな簡単に言わないでください」
「私からしたら簡単な話なように見えるけどねぇ」
「ヌー」

 彼はずっと一言言いたくて仕方がなかったのだろう。
 私は背筋をピッと伸ばして前を見据える。目の前には事務所の白い壁しか見えなかったが、お菓子をテーブルの上に置き終えたドラルクさんが向かいのソファに座る。

「ダメです。ファンの方を裏切るような真似は出来ません。私、プロですから」

 私は偶像だ。それを仕事としてやっているからには、お客様が望むもの、望む姿を提供しなければならない。スキャンダルをすっぱ抜かれる同業者は多数いるが、私は彼女らと同じ道を辿るつもりはさらさらない。

「好きになっちゃった時点で裏切ってない?」
「憲法第十九条でも思想の自由は保障されています」

 想うことは許されたい。自分自身でも恋心はコントロール出来ないものだったのだから。でも、その先はダメだ。完璧に隠し通せれば、付き合っていたとしてもファンからしたらないのと同じだとしてもその選択肢を選ぶことは出来ない。この世には“完璧”なんてないと知っているからだ。いつか情報が外に漏れるかもしれないというリスクを抱えることは出来ない。

「私は君のそんなに苦しそうな顔見たくないけどねぇ」

 思わずぎゅっと眉根に力が入る。こういう表情が、彼に“苦しそう”と言わせているのだろうと自分でも分かっていた。
 私だって出来ることならこんな苦しい恋はしたくなかった。出会わなければ、深く知らなければこんな気持ちにならなかったのだと、何度も思った。
 ――でもロナルドさんが初めて私の目の前であの赤い衣装を翻したあの日から、私は恋の穴に落ち続けている。

「お待たせしました! すみません、前の依頼が押してしまって……」
「いいえ、私も今来たところですから」
「このドラドラちゃんがお客様をおもてなししていたから良いものの、依頼人を待たせるなんて君それでも一人前の退治人か――ヴェー!」
「すみません、お騒がせしちゃって」

 ロナルドさんがドラルクさんを砂にして黙らせる。いつものやりとりにふたりの仲の良さが垣間見えた。最初はこんな姿を頻繁には見せてもらえなかったのだけれど、今ではすっかり気を許されている感じがする。

「ふふ、相変わらずですね」
「えっ、あっ……その、依頼! 依頼内容をお伺いします!」

 ロナルドさんが顔を真っ赤にさせ、慌てふためきながら言う。単に身内のやりとりを見られて羞恥で染まっているだけなのに、相手が“私だから”ではないかと勘違いしてしまいそうになる。ドキドキと上がりそうになる心拍を必死で抑え込んで、何でもないふうに微笑む。
 この恋は彼自身も困らせてしまう。だから、私は想いを自分の中に抱え続けなければならない。せめて、この偶像が墓で眠るまでは。

2023.05.14