ロナルドさんとくっついて離れなくなってしまった。
 これは心象的なものの比喩ではなく、迷惑吸血鬼の能力によって物理的にくっついてしまった。しかもちょっと手がくっつくとかいうレベルではなく、抱き付くような格好のまま、それ以上は離れないのだ。
ドラルクさんが件の吸血鬼を追ってくれたが、この能力が切れるまでどれくらいの時間がかかるか分からない。仕方がないので、新横浜退治人組合まで助けを求めてロナルドさんと一緒にやってきたのだが――

「帰ってください」
「だからこれは吸血鬼の能力でくっついただけで!」
「帰ってください」
「イチャイチャしてるわけじゃねーんだって!」
「帰ってください」

 まさかの拒否だった。マスターは表情を無にして私たちの目の前に立っている。この先一歩たりとも店内に入れる気はないと言うかのようだった。マスターの圧にロナルドさんもたじろぐ。
 ギルドまでくれば一安心だと思ったのに……。ロナルドさんもここまで私をお姫様抱っこで運んできて、腕も限界だろう。

「マスター、私たちふざけているわけじゃなくて、本当に困っているんです」
「……お帰りください」

 マスターは一瞬だけ、ほんの少し表情を揺らがせたけれど、先ほどと変わらない固い声で断られてしまった。
 傍目から見たらカップルが抱き合ってイチャイチャしているようにしか見えないのだから、バーの営業の妨げになってしまうのかもしれないけれど。

「すみません、当てが外れてしまって……」
「いえ、ロナルドさんのせいではないですから」

 結局私たちは新横浜の街に放り出されてしまった。変な噂が流れないように、私はぐったりと力を抜いて、怪我人を退治人が運んでいるように?見せかけるようにしていた。あと、ロナルドさんの肩口に額を埋め、顔を隠すことにしたのだけれど、これは逆に恥ずかしかった。

「仕方がないので、事務所に行きましょう。ドラ公とジョンもすぐ帰ってくるかもしれないし……そうすれば何とか……」
「はい、大丈夫です」

 他に行く当てもない。吸対やVRCも同じように追い返されてしまうかもしれない。結局私たちは催眠が時間の経過によって切れるか、ドラルクさんが吸血鬼を退治して催眠を解かせてくれるのを待つしかないのだ。それに、事務所以外の候補地はここから遠い。もうどうにでもなれ、という気持ちにもなりつつあった。
 数分歩くと、すぐに事務所に着いた。電気のついていない部屋はいつもと少し違う雰囲気のように思えた。

「とりあえず、ソファに座りますね」
「すみません、ここまで疲れましたよね?」
「そんなことはないですよ!」

 重かったに違いない。何事もないかのようにしっかりとここまで抱きかかえてくれたけれど、腕の疲れがないわけがない。労わってあげたいけれど、彼から離れられない私にはコーヒーひとつ淹れてあげることが出来ない。それどころか未だ彼の太腿の上に乗っているような状況なのだ。
 まるで本当にイチャイチャしているかのような体勢に、ドキドキしないと言ったら嘘になる。

「でも、ちょっと気疲れはしたかも」

 彼がそう小さく、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で呟く。その言葉にズキリと胸が鈍く痛む。片想いの相手に迷惑をかけてしまったのだ。嫌われてしまったのではないかと怖くなった。少しでも良いから彼の負担を軽くしてあげたい。

「あの、少し寝ますか?」
「寝……っ!?」

 座ったままでは熟睡出来ないだろうけれど、仮眠を取るくらいは出来るはずだ。私が起きていれば、ドラルクさんたちが帰ってきても迎えることが出来るし、問題はないはず。
 催眠が解けるまでどれだけ時間が掛かるか分からないのだから、ロナルドさんは特に体力を温存しておくべきだ。

「さすがにそれは……!!」

 ロナルドさんがブンブンと勢いよく顔を横に振る。きっと手を離すことが出来れば、両手も同じように振っていただろう。

「無理です! ぜっっったい無理!!」

 そこまで強く否定しなくても。

「まぁ、こんな状況でリラックスしろと言われても難しいですよね」

 催眠にかけられている状態なのだ。彼の言い分は当然のものなのに、勝手に彼に心を許されていないことを突きつけられたかのような気持ちになる。
 ぎこちなく笑顔を向けると、彼はひどく悩み込んだ表情をしていた。

「お、俺、言いましたからね?」
「え?」

 その言葉とともに、彼の腕が肩に回される。そのままぽすんとソファにふたり倒れ込む。彼が私の頭を抱き込んでくれたおかげで、ちっとも痛くはなかった。
 寝るって、座ったままちょっとした仮眠じゃなくて、こういう!?

「あの、ロ……!?」
「おやすみなさい」

 これ以上聞きたくないとでも言うように、彼は目を瞑ってしまう。拒絶というには、あまりにも子どもっぽい声色だった。
 先ほどまでもくっついていたはずなのに、今の方が彼の心音だとか体温だとか匂いだとかをずっと敏感に受け取ってしまう。
 ロナルドさんの言うことを聞いておけば良かった――そんなことを今さら思いながら私はぎゅっと目を閉じた。


2023.04.29