目を開けると、とんでもなく顔の整った青年が心配そうな表情でこちらを見つめていた。

「わぁ!?」

 思わず悲鳴を上げてしまった。だって、こんな経験今までなかったのだから仕方がない。

「どちら様ですか?」

 見知らぬ青年に顔を覗き込まれている状況が理解出来ずに尋ねる。その隙に腕の力だけでどうにか後ろに下がって彼との距離を取る。こんな近さでは心臓の音がうるさすぎてまともに会話出来る気がしなかった。
 ふと隣を見ると、よく見知った吸血鬼とアルマジロの姿があった。

「あの、ドラルクさん、知り合いなら紹介してもらえませんか?」

 そう助けを求めると、彼は驚いたように目を丸くさせたあと、にや〜と目を細めて笑った。

「彼女、見事に君のことだけ忘れているみたいだねぇ」
「ウェーーン!!」

 ドラルクさんの言葉に、青年が涙を流す。ついでに、ドラルクさんは砂にされた。
 ドラルクさんの言い分によると、どうやら彼は私のことを知っているらしい。どこかで会ったことがあっただろうかと記憶を辿ってみても、まったく思い当たる節がない。赤い目立つ服は退治人の衣装だろうか。それでなくとも結構はっきりした顔立ちの人なので、どこかで会っていれば覚えていそうなものなのだけれど。バタバタしているときに挨拶されたとか? それか、思っているより昔に会った人だとか? ちょっと小学一年生のときの同級生とかは全員覚えている自信はない。

「な、なんで……」

 赤い服の青年は私を見ながら口をパクパクとさせている。もう一度まじまじと彼の顔を見ても、やはり覚えがない。

「えっと、前にどこで会ったか教えてもらってもいいですか? そしたら思い出すかもしれないんで」

 にっこりと、出来るだけ愛想の良い笑顔を作ってお願いする。忘れてしまっただなんて失礼なことをしてしまっているのを誤魔化すためだ。

「私たち、どういう関係だったんですか?」

 そう尋ねた瞬間、彼はひどく痛みを抱えたような表情をした。
 多分聞いてはいけないことを聞いてしまったのだと、瞬時に悟った。私は聞いてはいけないことを尋ねてしまったのだ、と。
 もしかしたら、私はこの人のことを忘れてはいけなかったのかもしれない。――いや、忘れてはいけなかったのだと、胸の奥底がざわめく。このままではいけないと思うのに、脳みその片隅に何かが引っかかって、それのせいで彼の名前すら思い出せない。今では絶対に記憶があるのだという確信があった。そこにあるのに、手を伸ばしてもあとほんの少しだけ届かない。

「あの」

 この言葉の後に私は何と付け足すつもりだったのか。傷付けてしまったことを謝りたい気持ちもあったし、傷付けてしまうのだとしてもそれでも自分たちの関係を知りたいとも思った。
 何を犠牲にしてでも、彼との思い出を取り戻したい――

「大方そこの吸血鬼の能力だろうから、ぶん殴ったら元に戻るかもね」
「アーー!!」

 ドラルクさんの指摘に、彼は涙を流しながら振り返って吸血鬼にパンチを食らわせた。吸血鬼も完全に油断していたのか、彼の拳は見事吸血鬼の頬に決まった。
 その瞬間、頭の中が晴れたかのように映像が流れ込む。

「ロナルドさんっ!」

 思い出した名前を呼べば、彼の顔がこちらへ向けられる。先ほどとは打って変わって、真夏の日差しのように眩しいほどの笑顔だった。

2023.04.15