「あれ? ここ、どこ?」

 先ほどまで新横浜駅前を歩いていたはずだった。通りの向こうでまたロナルドさんたちが吸血鬼騒動を解決しようと奮闘しているなぁなどと思いながら、通り過ぎようとした。少し距離があったはずなのに、不意に振り向いたロナルドさんとはっきりと目が合ったのが分かった。けれども、一瞬で彼の表情が青くなって。覚えているのはそこまでだった。私が一度瞬きをした間に、景色はすっかり入れ替わって、騒々しい街並みは消え去っていた。

「あ、でもここ新横浜な気がする……」

 栄えている北口の方じゃなくて、多分篠原口側。駅前から少し離れた辺りだと思う。完全に閑静な住宅街で、緑が多い。ちょっと先には畑も見えた。駅のこちら側にはあまり来たことがないけれども、元いた場所からそう遠い場所ではなさそうで安心する。

「あれ、スマホがない……!?」

 スマホで現在位置を確認しようと思ったところで、手に持っていたはずのスマホがないことに気が付いた。鞄の中をひっくり返して探しても、ない。周りの地面を見渡しても、ない。どうやらこの場所に飛ばされる前に落としてしまったらしい。落とした自覚はまったくなかったのだけれど。固いコンクリートの上に落ちたスマホの画面が割れていないことを祈る。

「とりあえず、歩くか」

 坂の高低差や住宅に邪魔されて、駅ビルやブリンスホテルなど背の高い建物も全く見えない。当てずっぽうな方角に歩いていくしかない。電柱に書いてある住所も残念ながら知らない町名だった。しかし、歩き続ければいつか大通りに出られるだろうし、そうしたらタクシーを捕まえればいい。幸運なことに財布は持っている。交番が見つかるかもしれないし。人影が見えたら恥を忍んで迷子だと打ち明け、駅の方角を聞いたらいい。
 知らない山奥に飛ばされなくて良かったと思っていると、不意に手首を掴まれた。

「きゃ」 
「大丈夫、ですか!?」

 ひゅっと一瞬息を吸い込んだが、そのあとすぐに聞こえてきたよく知る声に全身の力を抜く。

「ロナルドさん?」

 振り返ると、飛ばされる直前に見たのと同じ青い表情をしている彼がいた。額からは滝のように汗が流れている。

「良かった、見つかって……」

 乱れた息を整えながら彼が言う。もしかして、ここまで探しに来てくれたのだろうか。私が飛ばされてからまだほんの少しの時間しか経っていないと思うのに。ここまでこんなになるまで走って。

「あんたが目の前で消えて、心臓が止まるかと思った……」

 そう言って彼がズルズルとしゃがみ込む。
 そこまで心配させてしまっていたことにこちらが逆に驚く。そして申し訳なくなってくる。こっちはどうにかなるだろうと楽観的に考えていた間も、彼は私の安否を心配してくれていたのだろう。確かに、人が自分の目の前で一瞬のうちに消えたらそう思って当然だろう。退治人の彼は、自分の責任だとも考えただろう。
 もっと、彼に自分の無事を伝えることも考えたら良かった。

「あの、心配させてしまって、すみません」
「いや、怖い思いや心細い思いをさせていなかったのなら良かったです」

 じわりじわりと、掴まれたままの手首から彼の体温が伝わる。走って探してくれていたからだろうか、彼の体温はいつもより高かった。
 私もしゃがみ込んで、彼と視線の高さを合わせる。鞄からハンカチを取り出して、汗の流れる彼の額に当てる。ロナルドさんが俯いた顔を上げ、青い瞳と目が合う。

「もう、どこにも行かないで」

 どこか縋るようにも見えるその表情から、私は視線を外すことが出来なくなってしまった。

2023.04.09