『ドラドラちゃんねる〜!』

 キャストでスマホと繋いだテレビ画面からかわいらしい声が聞こえてくる。音量を抑えていても、画面の中で動いて喋るキャラクターはかわいらしい。普段あまりこういった動画は見ない。けれども、何故今どらどらちゃんの動画を見ているのかというと、単純に知り合いがやっているからだ。本人が教えてくれた。中身はあの吸血鬼の彼だと分かっていても、普通に可愛くて驚いてしまった。
 本格的に見入る態勢に入ろうと、ソファに座り直すと、隣に座っていた体がこちらにもたれかかってきた。

「ん……」
「ロナルドくん、ちょっと重い」

 彼の体を押して、元のようにまっすぐ座り直させる。
 このすっかり寝入っている退治人が、私がこの動画を見ている理由その二だ。締切明けであるはずの恋人から突然『会いたい』と連絡が来て事務所を訪ねると、彼は『一瞬に動画を見よう』言って私をソファに座らせた。そして隣に座った彼は、すぐに寝た。徹夜明けの彼がこうなることは分かっていたから、別に怒ったりはしない。でもやることがないので適当に動画を見ることにした。見る動画は何でも良かったから、知り合いのチャンネルを選んだ、というわけだ。

「ロナルドくん、ちゃんとまっすぐ寝てて」

 もう一度彼の体をまっすぐに直し、背もたれにきちんと寄り掛からせる。けれども深く寝入っているのか、彼の体はぐにゃぐにゃで、これ以上は支えきれそうになかったから諦めて、横に寝かした。ついでにソファの背もたれも倒して、きちんとベッドの形にしてやる。
 私もホットミルクを一杯飲んで寝ようかななどと思いながら立ち上がる。事務所にはちょっとお高い牛乳が置いてあるはずだ。ドラルクさんのものかもしれないが、彼ならきっと許してくれるはず……と、そこまで考えて、また先ほどの動画のことを思い出した。あの彼があんなに可愛い少女の姿になってしまうなんて。動画の中では確かキメ台詞もあって、マントの代わりにスカートをはためかせて、こんなふうに――

「私に畏怖しろ〜! ……な〜んちゃっ、て……」

 多分、ロナルドくんの徹夜明けテンションが移ったのだ。本当に魔が差したとしか言いようがない。
 誰も見ていないと思っていたのに、ふと振り返ると、ロナルドくんが半身を起こした状態でこちらを見ていた。はっきりと目が合う。

「お、おはよ………」
「お、おは……」

 先に言葉を発したのはロナルドくんの方だった。私も返事をしたかったのだけれど、その声は震えて掠れていた。
 もしかして、今の、聞かれて――

「ぶふっ!」
「笑うな!」

 もう絶対にばっちりはっきり見られたことは確定だった。顔が燃えるように熱い。あんなにグースカ寝ていたくせに、何もこんなタイミングで起きなくてもいいのに。
 照れ隠しで「おい」とわざと乱暴にツッコミを入れる。肘で彼の脇腹を突いたが、「ふふふ、それ……」とさらに彼の笑いを誘うだけだった。

「ちょっと、そんなしゃがんで腹抱えて笑わなくてもいいでしょ!」
「いや、これは違くて」

 何が違うのか。ジト目で睨んでも、ロナルドくんは笑うのをやめない。お腹を抱えてしゃがみこんで、堪えきれないとでも言うように背中を丸めている。一応、悪いとは思っているのか、片手で顔を隠しているけれども、全然隠しきれていない。
 もう一度脇腹を小突いてやると、彼が顔を上げる。

「俺の彼女は、かわいいなって」

 視線の合った彼がふにゃりと微笑む。その表情で、本心からの言葉だと分かってしまって恥ずかしくなる。というか、言ってる本人は恥ずかしくないのか。そう思って彼の顔をちらりと盗み見るために顔を上げる。

「照れて赤くなって、かわいい」

 そう指摘する彼の頬もかすかに赤い。こんなこと言うなんて、徹夜明けでおかしくなっているのだと、そう言ってやりたかった。

2022.11.05