「――こっち」

 彼に手を引かれて人混みを抜ける。ロナルドさんに導かれるまま、後ろをついていく。ひどい人混みだと思っていたけれど、彼の後ろは歩きやすかった。慣れない下駄がカランと音を立てる。
 ロナルドさんに誘われた夏祭り。てっきり皆と一緒だと思っていたのに、ロナルドさんとふたりきりだったことには驚いたけれど、これまで焼きそば、たこ焼き、そして射的など色々な屋台を回って、楽しく過ごしていたつもりだった。――あまりデートだと意識しすぎることなく。
 お腹も膨れ、遊び尽くし、そろそろ帰る頃合いだろうかと思ったところで彼に手を引かれた。

「ロナルドさん」

 名前を呼んでみても、その小さすぎる声では周りの喧騒に掻き消されて彼のもとまで届かなかった。人混みは来たときよりずっと増え、歩くのが大変になっていた。右を見ても人、左を見ても人。その中を彼は人を掻き分けて上手に進んでいく。
 真っ直ぐ前を向いて進む彼とは対照的に、私は俯いて、繋がれた手ばかりを見てしまう。ロナルドさんの大きな手が私の手をすっぽり包んでいる。こんなふうに彼と手を繋いだ経験はこれまで一度もなくて、手の甲に触れるその熱が気になって仕方ない。うるさく鳴っているはずの祭り囃子の音もどこか遠くに聞こえる。

「着いた」

 いつの間に人混みを抜けていた。周りを見渡してもちらほらとしか人の姿がない。彼の手も離れて、やっと落ち着いて息が出来る――そう思ったときだった。ヒュルル、ドォンと、大きな音とほぼ同時に頭上から光が降り注ぐ。

「あの、ここ、花火見る穴場だって教えてもらって」

 ロナルドさんが顔を近づけて言うものだから、言葉が脳みそまで到達しない。花火の音に負けないようにするためだとは分かったけれど、それにしても急に近すぎる。咄嗟に身を引いたタイミングで、再びドンと花火が上がる大きな音がして、ロナルドさんの視線もそちらへ向く。助かった、と思った。

「そう、なんですね。ありがとうございます。本当によく見える」

 上手い具合に視界を遮る高い建物などもなく、花火がよく見える。音とともに打ち上がった花火は、キラキラと輝きながら数秒ののちに消えていく。そうして消えきる前に、もう次の花火が開いていた。
 ふと隣を見ると、一心に空を見上げる彼の顔が花火の赤や緑の光に照らされていた。パッと花火が咲くたびに、照らされる彼の横顔はひどく美しかった。

「きれい……」

 私の小さく呟く声が聞こえたのか、彼がこちらを見やる。彼の顔ばかりを見ていたのがバレないように、慌てて視線を空へと戻した。今目が合ったら、どうにかなってしまうと思った。

「きれいだな」

 隣でロナルドさんも呟く。彼が綺麗だと言う花火を目に焼き付けたくて、瞬きもせずに夜空を見上げ続けた。色んな形、色の花火が次々と夜空を彩っていく。
 隣に立つ彼の指先が、時折手の甲に触れる。そのたびに、私は緊張で体を固まらせることしか出来なかった。

2022.08.29