「夏祭り、一緒に行きませんか!?」

 そう誘われたとき、思わずデートじゃんと思った。夏祭りに一緒に行くなんて、もうほとんどデートと同じではないか、と。でもそれと同時に“ほとんど”デートでも、本当はそうではないことは分かっていた。
 だから、待ち合わせ場所に現れたロナルドさんが浴衣を着ていたことにひどく驚いた。

「えっ、ロナルドさん浴衣!?」

 驚きすぎて、思ったことがそのまま口に出てしまった。
 濃い鼠色の浴衣がばっちり似合っている。ロナルドさんは体格が良いから浴衣が本当によく似合う。そういう広告のモデルをやっていると言われても信じてしまうくらいだ。いや、私が呉服屋だったら必ず彼を商品カタログのモデルにスカウトする。

「お、おかしかったですか?」
「いえ、とっても素敵です……!」

 男性は皆お祭りに行くのに普段着の人が多いから、ロナルドさんもてっきりそっちのタイプだと思っていた。もし着るとしても甚兵衛かと。予想外すぎて直視出来ない。

「あの、あなたも、浴衣よく似合ってます……」
「ありがとう、ございます」

 浴衣を着てきて良かった! 着付けとか正直普通の洋服の倍は支度が面倒くさくて、似合うかどうかも分からない浴衣じゃなくて、お気に入りのワンピースを着てくるか直前まで本気で悩んだのだけれど、ギリギリで浴衣を選んで良かった。
 浴衣を着てくるなんて、それだけこのお祭りが彼にとって特別だったに違いない。どういう意味で特別なのかは分からないけれど。だって、どうでも良かったらわざわざ浴衣なんて着るはずがない。

「それにしても皆遅いですね」
「えっ、皆?」
「今日は事務所からドラルクさんやジョンくんと一緒に来なかったんですね」
「俺だけ、ですけど」
「えっ?」
「今日来るの、俺とあなたのふたりだけ、です……!」
「ロナルドさんと私だけ、ですか……?」

 思わず聞き返してしまった。
 ロナルドさんに誘われたとき、きっとドラルクさんやジョンくんたちと一緒なのだろうなと思った。もしかしたら退治人ギルドの皆さんも一緒かも、と。
 ぽかんとしている私の顔を見て、彼の顔がさっと青ざめる。

「すみません、今からドラ公呼び出すんで!!」
「大丈夫です、そんなことしなくて大丈夫ですから!」

 スマホを取り出して耳に当て始めた彼の腕を掴んで止める。彼の顔を見上げると、予想以上に近い距離に心臓が暴れた。
 特別な服装、ふたりきり、期待するなという方が無理だ。

「ちょっと予想外だっただけで、嫌なわけでは、ないです」
「そ、そっか」

 掴んだ彼の腕を離すタイミングが分からなくなってしまった。さっさとパッと離せば良かったのに、一度意識してしまうと不自然ではないかと気になってしまう。考えれば考えるほど分からなくなって、結局変なタイミングで彼の腕を離した。

「じゃあ、行きましょう! 途中食べたいものあったら言ってください! 俺は焼きそば食べたくて――」
「あ、待って」

 歩き出した彼を追いかける。彼は一歩先に行っただけなのに、慣れない下駄と人混みですぐに遅れそうになる。見失わないようにしなければと焦っていると、右手をがしっと掴まれた。

「あの、人混みがすごいんで。はぐれないように」

 ロナルドさんのことだから、これもきっと善意で言っているのだろうなと思ったのに。
 見上げると、私と目の合ったロナルドさんが早口で言う。その頬はかすかに赤くなっているように見えた。

「そう、ですね。すごい人混みなので」

 ロナルドさんの言葉を繰り返して俯く。心臓は期待でドキドキと鳴りっぱなしで、繋いだ手もずっと甘く痺れている。彼に手を引かれて歩き始めると、下駄がカランと音を鳴らす。
 祭囃子の賑やかさと夜の薄暗さが、今の私たちにはありがたかった。

2022.08.08