流行り病に罹ってしまった。
 どんなに体調に気を付けていてもウイルスに負けてしまうときは負けてしまうし、仕方がない。幸い症状はひどいことにはならなかったし、今はもうベッドの上で暇をしていたくらいだったのだけれど。

『具合悪くなってないか!? ごはんは食べたか!?』
「大丈夫だよー」

 会えない代わりに、こうして毎日電話をかけてくれる。恋人には心配をかけてしまったというのに、彼からの着信画面を見るたびに、ついにやにやしてしまう。

「そっか。それなら良かった……」
「……ロナルドくんの方こそ何か元気ない?」

 何となく彼の声が沈んでいるように聞こえた。表情は見えないけれど、それくらいは分かる。彼の方は一生懸命隠しているみたいだけれど。

『なん……!? 何でもないぜ!?』
「嘘ばっか」

 指摘すればこれ以上ないくらい分かりやすい狼狽え方に思わずくすりと笑い声が漏れる。私のその声が届いたのか、ロナルドくんの表情もゆるんだのが気配で分かった。

『えっと、その……会いたくて……』

 ぎゅんと、心臓が掴まれたかのように痛くなる。恋人に望まれているという事実が、私をじわじわと満たしていく。

「でも、期間明けてもすぐにはロナルドくんに会わないからね」
『え……』

 私の言葉を受けて、電話の向こうのロナルドくんの声が一瞬で凍る。

『それは……おれを……きらいになったとか、そういう……』
「違う違う!」

 私の言い方が悪かった。電話では表情が見えないけれど、彼は今その青色の瞳を潤ませているだろうことは簡単に想像出来た。

「ロナルドくんの仕事は体が資本でしょう? 万が一でも移す可能性がないように、念には念を」

 ギルドで流行ってしまったらいけないし。ロナルドくんの事務所には同居人もいるのだから。
 今回症状が出る前に、ロナルドくんに移すことがなくて本当に良かったと安心したのだ。

『そっか。気遣ってくれてありがとな』

 誤解が解けたのか、電話越しの彼の声は落ち着いていた。眉を下げて、へにゃりと笑っている彼の姿を瞼の裏に思い浮かべる。彼が私にお礼を言うときによく見せるそのやわらかな表情が、好きだった。

『でも――』

 不意に彼の声の色が変わったような気がして、目を開ける。

『はやく、抱きしめたい』

 スマホを当てた耳元がくすぐったい。まるで本当に耳元で囁かれたかのように体が熱くなる。ぎゅっとスマホを握る手に力が入る。ロナルドくんが私を抱きしめる腕の強さを思い出してしまった。思わず自分の体を抱きしめる。
 電話越しの距離がひどく遠い。

「うん……」

 本当はもっと言いたいことがあったはずなのに、それだけしか言葉を返すことが出来なかった。

  *

「ロナルドくん久しぶりに会え――っ!?」

 療養期間が明け、数週間ぶりに事務所を訪ねると、大股で歩いてきた彼にぎゅうと抱きしめられた。

「ロナルドくん」
「……」

 無言のまま抱きしめる力を強め、鼻先を私の肩に埋める恋人に、私も両腕を彼の背中に回して抱きしめ返した。

2022.05.26